自分だけの一着を自由気ままに着る 及川さんに聞くバティック仕立てのコツ

自分だけの一着を自由気ままに着る 及川さんに聞くバティック仕立てのコツ
クローゼットに並ぶ及川さんのバティック服コレクション
クローゼットに並ぶ及川さんのバティック服コレクション

 及川裕美さんが、インドネシア駐在の約2年間で仕立てたバティックの数は、56着。クローゼットを開けると、カラフルなバティックがずらーーっと。好きな色が偏ってしまいそうなものだが、色合いは様々。「同じ物を持っていても仕方がないので、クーピーの12色。『似合うのは黒』と言われるけど、好きなのはグリーンです」と及川さん。

 バティック布を買ったら「布のままでは残さない」主義。着ないともったいないので、服にする。仕事着のワンピースにすることが多く、月曜から金曜までの毎日、仕立てたバティックの服を着て出勤していた。インドネシア人の同僚からは「同じバティックを着ているのを見たことがない」と言われるほど。2022年3月にインドネシアへ赴任し、その2カ月後の5月にはすでに、仕立屋さんやバティック卸業者が入れ替わり立ち替わり、毎週末のように自宅を訪れるようになっていた。

 及川さんにとってバティックの仕立ては「インドネシアでしかできない娯楽、趣味」。最初から「バティック、かわいいな」と思っていたわけではなく、「インドネシアにいるからインドネシアの服を着ようかな? インドネシアに溶け込もう」という考えだった。

「そのモチーフは、うちの地元のだ」とか会話が弾むし、スーツではない良さがあります 

 及川さんの職場はインドネシア政府機関なので、周囲はバティックだらけだ。ところが、インスタグラムなどに上がっている集合写真を見ると、派手派手しいバティックの中にあって、及川さんのバティックは負けていないどころか、「非常に目立つ」のが印象的だ。また、「バティックは目立ってこそ」とも感じさせられる。例えば、下のインスタグラム投稿。

及川さん(右から4人目)の活動を伝える、スラバヤ日本総領事館のインスタグラム投稿
及川さん(右から4人目)の活動を伝える、在スラバヤ日本国総領事館のインスタグラム投稿

 バティックの選び方や仕立てにコツはあるのだろうか。まずは及川さんのコレクションをいくつか見せていただこう。

ソロとジョグジャで購入したバティック
ソロとジョグジャで及川さんが購入したバティック布。左2枚がソロ、右がジョグジャ

斜めの花柄を活かす

ソロのギャラリーで購入した手描きバティック
ソロのギャラリーで購入した手描きバティック
ベティーさんに頼み、ワンピースに仕立てた。斜め柄を活かし、裾と襟のアクセントも効いている
ベティーさんに頼み、ワンピースに仕立てた。斜め柄を活かし、裾と襟のアクセントも効いている

 まずは、上のインスタ投稿でも着ていたソロのバティック。これは及川さんのコレクションの中で2番目に高いバティック(250万ルピア)で、ソロのギャラリーへ行った時、悩んだ末に購入した。

 十字形をした星のような背景の中に、大振りの花が斜めに配されている。

「花柄を斜めにしたい」と、ベティーさんと相談に相談を重ねて作った物です

 胸元に切り返しが入っていても斜めラインがつながって見えるようにし、このラインは後ろまでつながっている。

 色合いなど一見地味だが、実際に着てみるとエレガントで素晴らしい。布のままよりも服にした方が断然映えるバティックだ。

星の輝きを表すジョグジャの伝統柄

トゥルントゥムのワンピース

 星の輝きを表すジョグジャカルタの伝統柄「トゥルントゥム」(truntum)。文様のいわれは、王からの寵愛の薄れた王妃が、夜な夜な星を見て孤独や悲しみを慰め、その星の光をバティックにしたところ、再び愛されるようになった、というもの。愛が再び「芽吹く」(=トゥルントゥム)モチーフだとされる。

 トゥルントゥムだけだとやや単調なので、別柄を組み合わせることも多いのだが(→「100枚のバティック(24)天皇陛下のバティック」)、これは珍しく全面トゥルントゥム。同じ文様の繰り返しながら、プリントやチャップ(型押し)ではなく手描きなので、星の形が少しずつ違っているのがポイント。全面に散らされた花のような星柄がなんともかわいらしい。

シルクの勝負服

パランに花柄、シルク・バティックのワンピース

 ジョグジャカルタのバティック店で買ったシルクのバティックで、これが及川さんのコレクション中、最も高い品(300万ルピア)。刀に似た伝統文様「パラン」の上に、大振りの花が大胆に配置されている。

パラン柄が欲しかったのだけど、(男性っぽい柄ではなく)もう少し女の子らしいのが欲しかった。シルクは高いので、『何か一着』という時に覚悟を持って買います

 軟らかい生地なので、襟にもギャザーを寄せ、ふわっとした感じにした。パーティーで着るなど「勝負服」の一着。

「勝負服」を着た及川さん
「勝負服」を着た及川さん

女性刑務所で買った思い出のバティック

手描き感が良い

 思い出深く、そして、「シルクの勝負服」に並ぶ、もう一つの「勝負服」がこちら。中部ジャワ・ウォノギリにある女性刑務所で購入したバティックを仕立てた物だ。バティックは受刑者が制作しており、バティック職人の手ではないため、パラン模様が不揃いに描かれている。

手描き感満載なんだけど、ある意味、かわいい

 こちらもベティーさんの仕立て。赤と水色のモチーフをワンポイント風に、派手になりすぎないように入れてくれた。

向き合ったワヤンのツーピース

ワヤン柄のツーピース
向き合うワヤン

 ジョグジャカルタへ行った時に「まだ買い足りない!」と、帰りの便を待つ間にジョグジャ空港内の店で購入したバティック。ワヤンとガルーダの翼という「ザ・古典柄」だが、縦線と横線が交互になった格子縞がモダンに見えて、おしゃれだ。

ワンピースは飽きたので、ツーピースに仕立ててみました

無理を押してワンピースにしたシャツ生地

シャツ生地を仕立てたワンピース
背面
背面

 カリマンタンのお土産としてもらったバティックのシャツ生地(ヘム)をワンピースに仕立てた。

 これは最初、ベティーさんに相談したところ、「無理だ」と言われたが、地位の高い人からいただいた品だったので、無理を押して作ってもらった。

どうしても作って、布を下さった人に、着て見せたかった。出来上がった服を着て見せたら「いいね」と言われた。実はシャツ生地、というのは気付いてなかったんじゃないかな?

 シャツ生地のため、切り取り線の白いラインがあるのだが、このラインもうまく使って仕立ててある(襟や胸元)。ヘムとはわからないし、柄の出方が面白く、ユニークなワンピースになった。

よく見ると、大砲柄

大砲柄

 西ジャワ州には、変わった柄のバティックが多い。これは「大砲」柄。バンテン王国の遺跡のモチーフだろうか。付近に韓国系の工場が多いせいか、もくもく煙が出ている工場柄もあった。

絶滅の危機に瀕する一角サイ

一角サイ柄

 これも西ジャワ州で買ったバティック。ウジュンクーロン国立公園に生息し、絶滅の危機に瀕する一角サイのモチーフだ。珍しい柄で、面白い。

仕立ての失敗は2割

 仕立ては、バティックに応じて、ベティーさん、ワルシニさん、ジョニーさんの3人に頼む。全体として「8:2の割合で成功」と言うが、失敗した2割とは? 

①ウエストのベルト

 ベルトはなるべく付けるようにしており、これも、ウエストを「ベルトにして」と頼んだところ、完全に生地に溶け込んでしまった。(ワルシニさん)

生地に溶け込んでしまったベルト

②くるみボタン

 タムリン・シティーで購入した、ジャカルタらしい柄のバティック。「くるみボタンがかわいいよ」という提案に乗ったところ、子供じみて見える服になってしまった。(ジョニーさん)

くるみボタンが子供っぽくなった

③中国風

 チャイナドレス風にしたら、「日本人なのに……」と引かれた。

④リボンの襟

 リボン襟にしてみたが、仕事の時に面倒だった。

⑤広い丸襟

 ふわっとしすぎて似合わないので、部屋着にした。

仕立てのコツはコミュニケーション

 及川さんによると、仕立てのコツは、コミュニケーション。「相談する時間をきちんと持つ」「どれだけ自分の要求を伝えられるかがカギ」だと言う。

 ほぼ間違いないといわれるベティーさんの仕立てであっても、最初からぴったり来ることはない。何度も頼んでいるうちに好みがわかり、信頼関係が出来てくる。仕立てとは「共同作業」と考えた方が良い。そうしたコミュニケーションができない場合は、既製品を渡して、「これと同じ物を」と頼んだ方が無難だ。
 

フィット感、サイズは重要。少しでも合わないとみっともない

 チェックポイントの一つは首回り。

「しまった」と思うのは、襟を確認しなかった時。襟が開くと、だらしなく見える

 前身頃の合わせも、ボタンだけだと中が見えてしまったりするので、ホック付きにしてもらっている。ラインが好きなので首や胸元にラインを入れ、ベルトはなるべく付ける。
 
 及川さんの仕立てでワンピースが多いのは、「スカートにすると、上に何を合わせるか、すごく悩む。ワンピースの方が悩まなくて良くて、楽」という理由だ。男性がバティックを着る場合はシャツになるので、シャツよりワンピースの方がバティックの面積が増えて、一本の柱のように見える。集合写真の中で、及川さんがすっきりと目立って見える理由だろうか。

 バティックは「服にする用に」と特に意識して選ばなくても良い。

「生地がかわいい」と思えば、服にしてもかわいいのです

 バティックを選んだり仕立てる時に、つい、「あまり目立たないように」とか「日本で着られだろうか」と考えてしまいがちだが、「日本でできないことをするのが海外に住む醍醐味」と及川さん。

日本だと既製品が基本だし、柄も、無地かストライプか、それぐらいしかない。バティックは自分の好きなようにできるのが魅力。日本ではない色合いやデザインの物を自由気ままに着る。仕立てまでやると、さらに、自分だけのオリジナルの一点物にできる。バティック仕立て、いい趣味でした!

日本大使館のインスタより
駐インドネシア日本国大使のインスタグラムより。金杉憲治前大使(前列右)、及川さん(同左)ら。全員がバティック着用
日本でもバティック
日本でもバティックのワンピース。出張中のインドネシア人カウンターパートとの記念写真

及川さんの頼む仕立屋さん

ワルシニさん
0812-8419-8012

ジョニーさん
0813-1759-0854

ベティーさん
0816-1812-327

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