天皇陛下がバティック・シャツ姿でボロブドゥール遺跡を訪問されたニュースを見て、正直、「なぜこのバティックなのか?」と思った。もっと「ザ・ジョグジャカルタ」という伝統柄、もっとインパクトの強いバティックもあるではないか。インドネシア人の友達に写真を見せたら、「これは〇〇(バティック量販店)のチャップ」と断言し、「値段は〇〇だね」と激安値段を言う(ひどい)。「なぜ、イワン・ティルタ(有名な高級バティック店)のバティックとかじゃないの?」とコメント。
このバティックの「出所」や「誰が選んだのか」などが疑問で、在インドネシア日本大使館に問い合わせたところ、「福田村である」という回答(??)を得た。通称・福田村、ジョグジャカルタのバティックを研究していた大使館専門調査員の福田藍さんが、学生時代にホームステイしていた村、という意味だった。福田さんの紹介により、この村のバティックが宮内庁に選ばれることになった。
福田さんに話を聞くと、これは、ちゃんとした手描きバティックで、ジョグジャカルタの伝統柄。連絡先を教えてもらい、福田村ことギリロヨ村に連絡を取り始めてみたが、なかなかスムースな回答が返って来ない。これはもう、現地に行くしかない、と決めた。
こうして訪れたギリロヨ村。インドネシア独立記念日の祝日を使い、ジョグジャカルタの空港から真っ直ぐ村へ。広々とした立派なショールームには、手描きのバティックがずらりと並んでいる。色味は渋いが、柄は意外にモダン。古典的な伝統柄も「一周回ってモダン」というか、とても格好いい。和柄に近い雰囲気の物もある。
ショールームでは、村で作られたバティックをまとめて販売しており、「バティックが売れたら、制作者にお金が入る」という仕組みだ。売り子も、バティック制作者である村の人。「買え買え攻勢」、それも、「自分の作ったバティックを買え買え攻勢」がすごい。
気になった布を広げて見ていると、「パッキング? パッキング?」(包む?)と後ろで言い続けられる。気に入って見ているバティックと、色・柄ともにまったく違う布を「こっちの方が細かい」と強引に勧めてくる。取材で話を聞いたエルニーさんも、「これは私が作ったの」と、布を持って来て強めのアピール。エルニーさんの作ったコーヒーカップ柄のストールが気に入ったので、これを買って許してもらった。
天皇陛下のバティックは、星の輝きを表した「トゥルントゥム」(Truntum)と言われる伝統柄を背景に、吉祥文様を詰め込んだ「ワフユ・トゥムルン」(Wahyu Tumurun)と言う、もう一つの伝統柄を上に重ねている。天皇陛下のバティックを広げてみたのだが、あまりピンと来ない。「あ、これもワフユ・トゥムルンだ」と、たまたま見付けた布を広げたら、布の両端がトゥルントゥムで真ん中がワフユ・トゥルムンと、柄が分けてあった。こちらの方がすっきりしていて、おしゃれではないか。テーブルクロスなどのインテリアとしても使いやすそうだ。
「これにするわ!」と買うことを決めると、天皇陛下が着用されたのと同じバティック3枚を家から持って来た人は明らかに元気がなくなり、「えーっ、せっかく持って来たのに、買わないの?」と、がっかりしている。その後、いろいろ考えた結果、一転して「これも買うわ」と言ったところ、大喜び。有頂天になって、背中をバンバンたたいてきた。こうして、「ワフユ・トゥムルンとトゥルントゥム」柄のバティックを2枚、購入した。
よく行くチレボン・トゥルスミでは、もっとスマートな売り方なので、この圧の強さにはびっくりした。こちらの方が「素朴」で「田舎」の売り方、ということなのだろう。しかし、これだけ「買え買え攻勢」が強いのに、「天皇陛下の着用されたバティック」を量産して売りまくろう、といった商売っ気はない。今になってようやく、インスタグラムで「予約注文を受け付けています!!」と、宣伝を始めている。そういうのんびりさが、なんとも良い。
1991年の上皇ご夫妻(当時は天皇皇后両陛下)のインドネシア訪問では、やはりジョグジャカルタを訪問された。その際に美智子さまに献上されたという銀細工の花のブローチは、今でも「Michiko」という名前で売られている。今回の天皇皇后両陛下のインドネシア訪問で、そうした「記念品的に、後に残る」物があるとしたら、この「天皇陛下の着用されたバティック」なのかもしれない。
買って来たバティックを自宅のバスルームに掛けてみたら、「うわっ、暗っ! 渋っ!」と思わず声が出た。北岸バティックと比べると、あまりにも地味だ。しかし、長く眺めていると、すてきに見えてくる。「王宮バティック」「王宮文様」と言うと堅苦しい印象を受けるが、なんともかわいらしい。ユーモラスで、素朴。点描による描き方により、草花、冠、翼などが輝いているよう。
2つの柄が重なっている方は、星空の中に鳥や冠が浮かんでいるようで、幻想的だ。シャツにするには、やはりこちらが正解だろう。それにしても柄の取り方が難しそうで、天皇陛下のシャツはうまく柄取りがされていたなぁ、と感心する。
そして、このバティックの話をしていたら、日本にいる友達の加治屋聡恵さんが「ジャワの伝統文様で一番好きなのは、トゥルントゥム。これでロングのワンピースを作るのが私の夢」と言うのにびっくりした。「『パラン』や『アラスアラサン』じゃなくて『トゥルントゥムが一番好き』って言う人は初めて」と言うと、「えーっ、こんなにかわいいのに! ジョグジャ生まれのインドネシア人の友達から『トゥルントゥムは、愛の模様なの』と健気なお妃さまの話を聞きました。トゥルントゥムっていう響きと相まって、永遠のナンバーワンです」。私の知らない魅力が中部ジャワ・バティックにはまだまだ詰まっているようだ。
ジョグジャカルタの古典バティックを購入したのは、これが初めてだ。私を中部ジャワ・バティックへと誘ってくれた一枚(二枚)となった。
「ワフユ・トゥムルンにトゥルントゥムの背景」(Wahyu Tumurun latar Truntum)※天皇陛下のバティック
ジョグジャカルタ・ギリロヨ村作
103cm x 250cm
2023年8月購入
130万ルピア(値段は購入当時)
「トゥルントゥムとワフユ・トゥムルン」(Truntum Wahyu Tumurun)※柄が分かれている物
ジョグジャカルタ・ギリロヨ村作
106cm x 246cm
2023年8月購入
115万ルピア(値段は購入当時)
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