ここに一枚のバティックがあります。背景の濃紺に加え、黒、赤、黄の計4色。これは、どうやって染めているのでしょうか?
「バティックとは蝋防染なので、蝋で伏せた部分は染まらない。多色にする場合は『蝋で伏せてから染色』を繰り返す」と、理屈ではわかっていても、では具体的に、どうやってこの多色を作り出すのか。(注・チレボンでは基本的に色挿しはせず、染色液に布全体を浸す「浸染」と呼ばれるやり方です)
濃紺の背景に浮かび上がる模様(象、木、草花など)は、非常に細かい色分けがされている。象の体に描かれた星や渦巻き模様は、赤と黄色が混ざっていたり、布の縁に描かれた小さな三角形は、赤、黄、白の3色で彩られている、という具合。また、輪郭線は白だったり、赤だったり、白の上に赤が載っていたり、不思議なムラがある。
「赤」と「青」という同系ではない色があるので、「2回プロセス」(2回蝋落とし)の染色方法だろうか? 染色の順番は? どう考えてもわからない。
これは、チレボンのアリさんとワワンさんの工房で作られたバティック。私は普段なら、バティックは「『美しいなー』と感心して、『好きだ!』と思ったら買う」というだけなのだが、これは珍しく、作り方を詳しく聞いた。
布を前にして、アリさんとワワンさんの二人にびっちり説明してもらったのだが、それでもまだよくわからず、ジャカルタに戻ってからも、ホワッツアップ(WA)でアリさんとやり取りを繰り返して確認した。「黄色+赤色は赤色になりますか?」などと質問すると「betul」(そうです、正しい)と、一言、返事が来る。それでもまだ100%はわからないのだが、理解できた範囲での作り方は、こうだ。
輪郭線や模様の線描き(イセン)をしてから、最初の染色は、なんと、黒。黒色で染めるのだが、蝋などの作用により、「黒が負ける」と言う。そして、紺色に染まる。つまり、背景の濃紺は、濃紺色で染めたのではなく、1回目の染色の「黒」なのだ。
ここで、ソーダ灰を溶かした液体で、蝋を半分ほど(setengah)、壊す。ブラシを使って、蝋を半分ぐらい、取ってしまう。ナイフを使う地域もある。この感覚が難しく、「フィーリング」だと言う(ワワンさん)。ジャワ語で「ソガ」、チレボンでは「ソガン」(Sogan)と呼ぶ(「茶色」という意味)。蝋が壊された所には次の茶色の染料が入り、壊されない所は、白いまま残ることになる。(この「ソガン」の説明がよくわからず、「実際に見ないとわからない」と言われた。また次回……)
次に、紺色のままで残す場所を、全て、蝋で伏せる。すなわち、背景全部、そして、模様の中で紺色にする所を、蝋でびっちりと伏せる。前回にチレボンへ行った時、この段階のバティックを見せてもらっていた。布はほとんど全部が蝋で固められているような状態で、伏せの細かさには「言葉なし」だった。
こうやって伏せてから、次に染める色は、茶色だ。茶色で染色すると、黄土がかった黄色になる。「赤」は「黄」に勝つので、後で赤色にする部分も、一緒に黄色に染めてしまって構わない。
次に、黄色に残したい部分を全部、蝋で伏せる。例えば、象の体の星が、黄色だったり赤色だったりするが、これは、黄色に残す星だけを伏せる。バティック職人さんに任せてしまうと「全部、赤」「全部、黄色」といった簡単なやり方にしてしまうので、アリさんが「3つの星のうち、1つだけを蝋伏せして、2つは残して」というように、具体的な指示を出すそうだ。
最後に、赤で染める。最初から最後まで、ずっと蝋伏せをせずに開けていた場所は、全ての染料が重なり合って、黒色になる。
つまり、次のような染色で、4色が出来る。
①黒で染色→濃紺に(→濃紺にしたい場所は伏せる)
②茶で染色→黄色に(→黄色にしたい場所は伏せる)
③赤で染色→赤色に
④黒・茶・赤→黒色に
染色は、黒、茶、赤の3回。染めてから、その色に残したい部分を伏せる。それを繰り返す。最後に、全部の蝋落とし。
「2回プロセス」(2 kali proses)と言われる、2回蝋落としをするやり方の方が、これよりも「簡単だ」とアリさんは言う。このやり方の方が「難しい。リスクは大きい」。ただし、かかる時間は「2回プロセス」の方が長い。「じゃあ、値段はどっちの方が高くなるの?」と聞いてみると、「同じぐらいだ」とのこと。
蝋を「半分壊す」という「ソガン」のやり方で染色した方が、不思議な揺らぎやブレが生じて面白いように思える。それにしても、バティックとは、なんと作るのが大変で、難しく、手間がかかるものだろうか。
この象柄は、「象の絵はインドの本から取った」という、アリさん工房のオリジナル。これでもか、と言わんばかりに装飾を施された派手な象が、濃紺の背景に溶け込み、「シックだけど華やか」という、なんとも素晴らしい作品に仕上がっている。天皇皇后両陛下との「接見」前に、このバティックが候補としてあったら、またかなり迷ったに違いない。
「象たち」
アリリ工房作
102cm x 209cm
2023年6月購入
350万ルピア(値段は購入当時)
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