[バティック豆本を作る](1)スタート

[バティック豆本を作る](1)スタート

 精緻な手描きバティックは手元でじっくりと眺めたい。バティック職人さんも「手に取った人が見飽きることのないように」と、様々な工夫を凝らして模様を埋めている。仕立てて服にする、飾って部屋のインテリアにする、という以外に、手に取ってじっくり見る「豆本」という形は、バティックにふさわしいのではないだろうか。

 昨年、日本へ帰国した時に妹に会い、「バティック豆本を作りたい」という相談をした。妹からは、豆本の内容として「インドネシアの有名な文学作品か、賀集さんやバティックに関する物か。文学にした方が、インドネシアやバティックに興味のない人にも手に取ってもらえて需要が広がるかもしれないよ。または、バティックの『布見本帳』のようにしてもいい」というアドバイスを受けた。

 そのまま考え中だったのだが、父の提案のお陰で、「バティック豆本」が突然実現することになった。カギになるのは、どんなバティックを使うか、そして、どうやって使うか。

 妹からは「布帳&ストーリーで、布は何種類か入れてもいいかも。表紙、見返しで2種類、プラス、遊び数種類」「すでにある布袋の中に豆本が入る、という手もあるか。端切れを集めて作れたら良いな」といったアイデアを出してもらった。「表紙は細かい柄か、明らかに大ぶりか、どちらかが良く、大きい柄も豆本のかわいさは引き立つよ。大きい絵柄のものは、畳み込んで本に入れることもできるよ(地図のような畳み込みや、観音開きの畳み込み)」と言われた。

 豆本のサイズから、手に取ってじっくり眺めると考えると、やはり、型押し(チャップ)よりも手描きのバティック、それも質の高い(「手が良い」と言う)バティックが良いだろう。そうなると値段も高く、切るのは惜しい布になってしまう。手描きで質の高いバティックで、一部が変色したり破れたりしていて「切って使うしかない物」や端切れが望ましい。しかし今の所、そうした布は手元にない。

 手持ちのバティックの中から使えそうな布を数点選び、写真に撮って送ってみたのだが、妹はピンと来ない様子で、「額縁を使って見ないことには、わからんよ」という返答だった。やはり、実物を見てもらうしかない。悩んだ末に2点を選び、インドネシアから日本へと送った。

 一枚は、インドラマユのエディさんの工房「バティック・ビンタン・アルット」で作られたチャップの品。エディさんと賀集さんは、チャップ・バティックでコラボをしていた。賀集さんが制作したチャップをエディさんの工房で押してもらい、それを賀集さんの工房で蝋描きをしたり染色して仕上げる、という方法を取っていた。

インドラマユのエディさんの工房で作られたチャップ・バティック
インドラマユのエディさんの工房で作られたチャップ・バティック

 この布は、港町であるインドラマユを象徴する風景画のように、大小の魚、漁船、波、特産品であるマンゴーなどが額絵のようにあしらわれている。間には花柄や波のような幾何学模様を入れてアクセントにしてある。四角い額絵が並んだような、この面白い構成を生かせないだろうか。本の表表紙と裏表紙に柄を変えて入れるとか、豆本を袋に入れるなら袋の裏表、といった具合に。色合いもシックでかわいらしい。

 もう一枚は、やはりインドラマユに住むバティック職人で、賀集さんと親しかったアアットさんによる手描きバティック。アアットさんは非常に腕のいいバティック職人で、布に下描きなしで、いきなりスイスイと蝋描きをする。布一面を埋め尽くす複雑な構成の卍模様も過たず描いていく。「これをフリーハンドで描ける人は、もうあまりいないよ」と賀集さんは語っていた。

 布のモチーフは、チレボンやインドラマユの有名な伝統文様「難破船(Kapal Kandas)」。どこが何を表しているのかよくわからないのだが、海の底の難破船とサンゴや岩などが描かれている、という。具象と抽象の中間のような、見飽きない、不思議な文様だ。「難破船」だが吉祥文様とされ、賀集さんからは「『人生、挫折した方が賢くなる』という賢者の教え。必ず成功する、という縁起物」という解説を聞いた(諸説あるらしい)。

アアットさん手描きの「難破船」柄バティック
アアットさん手描きの「難破船」柄バティック
蝋描き中の「難破船」柄バティック。茶色い部分が蝋で、染めた時に白く残る
蝋描き中の「難破船」柄バティック。茶色い部分が蝋で、染めた時に白く残る

 アアットさんはこのモチーフを得意としているようで、家を訪ねると、出来上がった「難破船」バティックが置いてあることが多かった。以前、賀集さんと一緒にアアットさんを訪ねた時に、黒白に茶色の入った「難破船」を買った。その後で、黒白のみの「難破船」を見付け、「黒白だけっていうのも格好いいな」と思って、また買ってあった。今回は、黒白だけのすっきりした方を選んだ。

 この二枚を送ってみたところ、「届きました! 緻密できれい」という連絡が来た。そして、「銀河鉄道というイメージから黒白の方で、全部裏を布にした巻物にしたらどうかな? 巻物なら、模様のつながりが最大限見えて、旅をする内容にも合うと思う」。

 この「巻物」というアイデアは、目からうろこだった。「本というものは、切った紙を綴じた物である」という思い込みがあった。しかし、考えてみれば、巻物は昔からあったし、紙だからこそできる形態だ。そして、ページのある本だと、どうしても話がページで途切れる印象になる。写真を入れる位置にも制約が出る。一枚の紙であれば、そうした制約はなくなる。そして何よりも、布が最大限に生かせる!

 下記は、妹より。

 山水を旅していく話は、東洋では伝統的に巻物で、合うと思う。

 エジプトでは、パピルスは折ると割れる素材だったため、巻子本を作った。

 キリスト教徒が、羊皮を畳んで真ん中を糸で縫ったコデックス装を初めて作り、キリスト教本は必ずコデックス装で作られた。

 そのころに、文学の本をコデックスの形で作ったのは、”いまひとつでやっぱり文学は巻物で読みたい感覚だわ〜”、とその当時の人がエッセイで書いています。

 アレキサンドリアの図書館には何千という巻子本があったが、焼失してしまった。

 ユネスコの書物の定義が、ページ数を指定していることとも相まって、本というと冊子本が浮かび、本らしさのイメージを固定しているきらいがある。

 そうではない形の本の提案を、受け入れてもらって良かった。

 こうして、豆本のスタイルは、「全ページをバティックで裏打ちした巻物」と決まった。(つづく

妹の所にも黒白ねこがいる。ねことバティックは良く似合う(赤井都さん提供)
妹の所にも黒白ねこがいる。ねことバティックは良く似合う

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