「チレボン銀河鉄道」補遺

「チレボン銀河鉄道」補遺

「チレボン銀河鉄道」は賀集由美子さんと夫のコマールさんを送る気持ちで書いた、宮沢賢治作「銀河鉄道の夜」のオマージュです。解説(補遺)を少しだけ。

「ユミコさん、待たせてごめんね。一生懸命に走って、ようやく追い付いた」

 賀集由美子さんが2021年6月29日に亡くなってから、同様に新型コロナウイルスに感染して自宅療養していた夫のコマールさん(愛称バポ)は、空中に手を伸ばして「ユミコさん、ユミコさん」と言い続けていたそうです。まったく飲食しなくなり、病院へ運ばれて点滴を受けていましたが、賀集さんが亡くなった6日後の7月5日夜に亡くなりました。

 「銀河鉄道の夜」で、ジョバンニと列車の中で会ったカムパネルラの最初のせりふは「みんなはねずいぶん走ったけれども遅れてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった」です。

 バポことコマールさんは一生懸命に走って賀集さんに追い付いたんだな、と思いました。

「これはエクセクティフ? きれいな車両だね。車内販売はあるのかなぁ」

 「エグゼクティブ」ではないか、という指摘がありました。インドネシア語では「Eksekutif」(エクセクティフ)と言います。

 インドネシアの列車にはエコノミー車両(Ekonomi、エコノミ)と特別車両(Eksekutif、エクセクティフ)があり、ジャカルタとチレボンを結ぶポピュラーな列車は「アルゴ・ジャティ」号や「チレボン・エクスプレス」号です。これらは賀集さんもしょっちゅう乗られていたと思います。電化されておらずディーゼル車で牽引する方式ですので、「電車」ではなく「列車」と表記します。

「チレボン駅、チレボン駅。南十字(サウザンクロス)駅に接続してから、生命樹駅へと向かいます」

 「銀河鉄道の夜」では、多くの乗客は「サウザンクロス駅」で降りて行き、ジョバンニとカムパネルラの二人が残されます。

 インドネシアでは、「ケンタウル祭り」のケンタウルスも、南十字も、いつでも見ることができます。ジャカルタ日本人学校(JJS)の校章も南十字ですし、南十字星はとてもなじみの深い星です。

 チレボンという地上から出発した路線が銀河鉄道の路線と接続するなら、接続駅は、インドネシアに住むわれわれにとって身近な「サウザンクロス」だろうなぁ、と思いました。

 では、行き先はどこか。サウザンクロスの「石炭袋」を過ぎた所で、カムパネルラの姿は消え、ジョバンニは丘の上で目を開きます。サウザンクロスのその先、銀河鉄道はどこへ向かっているのか、本には描かれていません。賀集さんの行き先はどこなのか。

 思い付いたのは「生命樹」でした。生命樹は賀集さんの大好きだったモチーフで、賀集さんは数多くの生命樹バティックを制作されています。

 一本の木が茂り、根元や枝の間や、いろんな所に動物や鳥がいる生命樹。根元に象、枝に少しの鳥と動物、というシンプルな物もあれば、十二支の動物を配した物や、隙間なくぎっしりと動物や鳥を描き込んだ巨大な生命樹もあります。賀集さんの最も好きだったモチーフの一つであることは間違いないでしょう。

 「全ての生命の源はひとつ」という哲学を表しているともいわれる生命樹。そこへ向かって行かれたのではないかなあ、と思いました。どんな場所かはわからず描写もできないので、チレボン銀河鉄道で行かれる賀集さんも楽しみにしていてほしいです。

「これは何? iPad?!」

 iPadを手にしていない賀集さんは考えられません。賀集さんと言うと、太い指でiPad画面をやや不器用にスクロールしている姿、iPadを使ってチレボンへ大声で電話している姿などが目に浮かびます。チレボンのご遺族から買わせていただいた賀集さん作のキーホルダーに「No HP No Life」と書かれた物があって、笑いました。賀集さんとの間ではツイッターが話題に上ることも多く、「〇〇さんの、あれ見た?」という会話もしょっちゅうでした。

 ですので、どうしても賀集さんには「iPadのような物」を持っていていただきたかったのです。それを使って、書き込みはできなくても、ツイートを見ていてくれているんじゃないかな、と。ツイッターで多くの方からのコメントや写真が寄せられた「#賀集さんありがとう」や「#ペン子ちゃんトリビュート展」なども、見ていてくれたんじゃないかな、と。

 大好きなサッカーの試合も思う存分見られるように、「サッカー」アイコンも入れておきました。賀集さんを取り上げたNHK番組も見てほしかったので、「テレビ」アイコンも。

替わって線路の横にちらちらと現れ始めたのは、群生して咲く青いランの花。

 竹田有希さんの作った青いランの花のバティックを見た時、「銀河鉄道みたいだ!」と思いました。宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」で、線路際に咲いているのは「りんどうの花」ですが、このバティックがあまりにもイメージぴったりだったので、「ランの花」に変更しました。南国のチレボン銀河鉄道らしく、かつ、有希さんからの手向けの花として。

「ちょっと待ってね、銀河アプリを見てみよう。これから南十字駅に接続、それからスピカ、うしかい、おおぐま、こぐまで停車、か。生命樹駅は北極星で接続。北へ向かっているから日本も通りそうだね」

 まったく「銀河」からはルートが外れてしまうし、「銀河鉄道は逆行できない」という法則にも反するのですが、どうしても日本を通ってから生命樹駅へと向かってほしかったので、日本経由の路線としました。2021年7月5日の星座を調べ、日本の上空を通りそうなルートを考えてみました。

「どこまでも一緒に行こうね」
「うん、どこまでも一緒に行こう」

 「銀河鉄道の夜」では、ジョバンニが「カムパネルラ、僕たち一緒に行こうねえ」と言って振り返ると、カムパネルラの姿は消えています。物語の中で一番、「ずどん」と胸に来る場面です。

ジョバンニはまるで鉄砲丸のように立ちあがりました。そして誰にも聞こえないように窓の外へからだを乗り出して力いっぱいはげしく胸をうって叫びそれからもう咽喉いっぱい泣きだしました。もうそこらが一ぺんにまっくらになったように思いました。

 愛する人がいなくなった喪失感と絶望と悲嘆が、共感となって胸を突きます。

 賀集さんとコマールさんは、別れ別れになってしまったジョバンニとカムパネルラの二人とは違い、「どこまでもどこまでも一緒に」行ってほしい、という願いです。

銀河の水の中には、水面に映った雲のようなメガムンドゥン(雨雲)が見渡す限り広がっていました。

 チレボンを代表するバティックの伝統柄「メガムンドゥン」(雨雲)は雲の連なりを描きながらも妙に平面的で、不思議な柄です。モチーフの発祥は、空にある雲を見て描いたのではなく、雨の後に出来た水たまりに映った雲を描いた、といわれています。

 それなら、銀河の水の中には、水に映った雲のような「メガムンドゥン」がずっと先まで広がっていて、われわれがそれを下から見上げると空の雲に見えるのではないか、という幻想です。

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