「これ何の絵かわかりますか?」。賀集由美子さんと親しかった日本の陶芸作家、こまつか苗さんから送られて来た絵を見て、胸を突かれた。
「チレボン銀河鉄道」が日本の上空を通過している絵だ。身を乗り出してiPadで写真を撮っているペン子ちゃん(=賀集さん)。仲良く肩を並べて一緒に日本を見ているジャワねこ先生(=愛称「バポ」、夫のコマールさん)。
この物語の中で、銀河から外れて日本を通るコースにしたのは私なのだが、こまつか苗さんのこの絵を見るまで、この情景は自分の中では浮かんでいなかった。くっきりイメージできていたのは、列車がチレボン駅を飛び立ち、空の上のバティック世界を走り出す所まで。この絵のおかげで、まるで空白を埋められたような気がして、とてもうれしかった。
日本の上を通った時には、まさにこんな情景だっただろうなぁ、と思える。「バポ、日本だよ、日本!」という賀集さんの興奮した声、のんびりしたコマールさんの「ほーっ、どれどれ……」という声が聞こえる。
こまつか苗さんのこの絵を、チレボンのアリリ工房で、バティックのコースターにしている。
蝋での点・線描き(=イセン)は、賀集さんの工房「スタジオ・パチェ」で働いていた職人さんの手で。今は自宅で請け負い仕事をしている職人さんに、このコースターのイセンを全部、お願いした。
イセンとは基本的に職人の自由裁量なのだが、賀集さんの「ペン子ちゃん」は、どのような模様にするかルールが決まっていて、描く練習もなされていた。ペン子ちゃんを描き慣れた職人でないと、同じようなイセンを施しても、「なぞった感」「ちょっとニセモノ感」が拭えない。スタジオ・パチェの元職人さんであれば、スタジオ・パチェのオリジナルに近いイセンになるはずだ。
その職人さんが病気になって作業が遅れたり、「職人さん指定」にしたことで単価が上がったりしたが、そこは敢えて、その職人さんでお願いした。
染色は、賀集さんが以前にこまつか苗さんに贈ったコースターを見本に、「できるだけ同じ色で」と、ワワンさんにお願いした。紺、濃紺、グレーの3色。一見、シンプルな色合いだが、実は細かく色分けされている。ワワンさんに「まったく同じ色というのは難しい」と言われたが、「『できるだけ』でいいから」とお願いし、これも、オリジナルに近い色合いを目指してもらっている。
バティックが出来上がったら、スタジオ・パチェの元縫製職人のアヨさんが、最後の縫製をして仕上げる予定だ。賀集さんの友人であるこまつか苗さんとアリさんとワワンさん、そして、スタジオ・パチェの元職人さんたちによる共同作品になる。
小さいコースターは大きい布より作るのが簡単かというと、まったくそんなことはない。大きい布一枚より、同じ模様の小物をたくさん作る方が、実はもっと大変かもしれない。
4月2日にアリリ工房を訪れた際、制作途中のコースターを見せてもらった。一枚の布にずらっと、同じ模様のコースターが並んでいる。最後の染色に向けて蝋伏せしてあった。
イセンの細かさに加え、この蝋伏せがすごい。例えば、下に見える星のうち、2つだけ色を変えている。列車の模様も、細かく色分けされている様子がわかる。
画面を覆った分厚い蝋が、油を流した海面のように鈍く光っている。これを日にかざすと、夕日のようなオレンジ色に輝き、まるで燃えているようだ。蝋の美しさに息を呑む。
蝋に埋め尽くされたチレボン銀河鉄道。バティックを愛した賀集さんが喜んでくれそうな風景である。