[100枚のバティック](19)初めてのコロナ・バティック

[100枚のバティック](19)初めてのコロナ・バティック

 チレボン・バティックの「巨匠」であり、賀集由美子さんのバティックの師匠であるカトゥラさんは、社会派だ。1997年のアジア通貨危機からスハルト政権末期のころ、経済困窮に苦しむ庶民や学生運動をバティックにしていた。政府批判や風刺をバティック作品にする。その点、インドネシア庶民を主人公にした「ペンギン・マンガ」をバティックで作っていた賀集さんとも通じるものがある。バティックは、美しい「花鳥風月」を題材にした伝統美術であるにとどまらず、現代社会に根差す生きた工芸であることを二人から教えられた。

カトゥラ工房作「コロナと龍」

 このバティックに出会ったのは、2023年3月。カトゥラさんの工房で、チレボン駅を描いたプリント布などがしまい込まれていた、棚の下の方から出て来た。なんだこれは。「コロナじゃない?」と、同行者の竹田有希さん。よく見ると、その通り。特徴的な突起の新型コロナウイルスが目を射て、どきっとさせられる。

 実は、これまでにも新型コロナウイルスを描いたバティックはあり、「コロナのバティックが出来た」としてニュースになっていた(下記リンク参照)。なにしろ、これだけ社会を揺るがした重大事件なのだ、ネタにもなる。しかし、正直言って、「すてきだな」と思えるバティックはなかった。コロナを題材にするのは、ただ単に「ウケ狙い」「奇をてらった」「商売っ気」としか見えなかった。もちろん、買う気になどなれない。面白がって買ったり、身に着けられるものでもない。

 しかし、このカトゥラさんのコロナ・バティックは、これまで見た中で初めて、「素晴らしい」と思えた。独断ながら、コロナを描いたバティックとしては最高傑作ではないかと思う。

 従来なら珠を掴むところを、3本の足でコロナウイルスをがっしと掴んだ龍。威嚇するように大きな口を開けて炎を吐き、眼はらんと輝く。激しい戦いの中、コロナウイルスに似た形の太陽がいくつも輝いている。背景は、龍と言えば雲、チレボン・バティックと言えば、のメガムンドゥン(雨雲)。

カトゥラ工房作「コロナと龍」

 素晴らしいと思ったのは、チレボン・バティックとして完成されていることだ。雲、龍、そこに、コロナウイルス。なんの違和感もない。コロナウイルスが強調されすぎていない所がいい。そして、文句なしに格好いい! 格好良くて目が離せない。

 しかし、染め方がちょっと変だ。一枚の布の中に、絵がバラバラに入っている。「あー、ヘム(hem)かー」と、われわれの間からは失望の声が漏れた。「ヘム」とは、シャツ生地のこと。最初から、シャツにすることを前提にして染めたバティック生地を言う。裁断して縫製すると、前身頃、後ろ身頃、襟など、ぴったりと模様がはまるようになっている。賀集さんが「変さ値(へんさち)の高い」と呼んでいた面白バティックもヘムには多い。しかし、シャツにしない場合は、ちょっと使い道に困る布なのだ。

ヘム(シャツ用のバティック生地)
この分割された絵がスカートの両端に来るようにするのはどうか?という有希さんの提案

 「こうやってスカートにするのはどうかな」と、有希さんが体に当てて見せた。絵は分断されているが、それもまた面白い。模様で埋め尽くされたカインパンジャンと違い、ヘムなので無地の部分が多く、柄のインパクトが強まって見える。

 結局、あれやこれやと話し合っていたものの、この時は買うのをやめた。やはり、ひっかかったのは、使いにくい「ヘムである」ということ。そして、コロナウイルスが題材であるということ。しかし、絵としての格好良さは忘れがたく、ずっと心残りだった。

 カトゥラさんの創作意欲を刺激したコロナ禍から生まれ、カトゥラさんの絵としては最新作であるかもしれない「コロナと龍」。世界を変えたコロナ禍を記憶するという意味でも、やはり買っておくべきではないだろうか。

 そして、2カ月半後の6月にチレボンを訪れた時、ついに購入した。急に襲来し、急に去りつつあるコロナ禍。コロナ禍が終わりつつある今だからこそ買う気になったとも言えるし、逆に「コロナ禍を記録しておかなければ」という気持ちが自分の中で高まってきたことも背中を押した(インドネシアでの「コロナ禍の記憶」を書きたいと思っています)。

 色違いで2枚買った。有希さんのアイデアをいただき、スカートに仕立ててみるか? インドネシア人からは「使い方が間違っている」と言われそうだが、このまま腰に巻いてもなかなか面白い。布として広げても、不規則さと柄のわけわからなさが意外にいける。

 龍とコロナとの激しい戦いの決着は付いたのだろうか。龍の呼ぶチレボンの「雨雲」と、コロナのような「太陽」との対比。チレボン・バティックとコロナ禍の融合。自然と人間。眺めていると、深い含蓄を語りかけてくるような絵なのだった。

ヘム(シャツ用のバティック生地)

「コロナと龍」シャツ生地(Hem Naga Corona)
カトゥラ工房作
103cm x 259cm
2023年6月購入
100万ルピア(値段は購入当時)

参照
コロナ柄のバティック

https://www.kompas.tv/klik360/124491/inspiratif-makna-di-balik-desain-batik-motif-corona

https://visual.republika.co.id/berita/qi2yop314/berdamai-dengan-covid-pembatik-membuat-batik-motif-corona

https://pekalongankota.go.id/berita/hbn-batik-motif-corona-.html

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