インドネシア独立記念日の2025年8月17日、「バティックの街」プカロガンへ。バティック・デザイナーのドゥドゥンさんの工房を訪れた。白黒ねこが自由に歩き回っている工房だ。

出来上がったバティックは折りたたまれて、家の中のテーブル2カ所に山積みにされている。1カ所にはチャップ(型押し)や、チャップと手描きのコンビネーションの、安い価格帯のバティック。もう1カ所には、すべて手描きの高級バティック。
私はもっぱら、チャップ・バティックの山の方を見ていた。チャンティンではなく筆を使った手描きの表現が面白く、「チャップの可能性」を示すバティックとして、何枚か入手しておきたかったのだ。手描きの高級バティックにあまり興味の湧かなかったもう一つの理由は、ほとんどがワヤン柄だったこと。私はワヤン柄は「嫌いではないが、好きでもない」、つまり、それほど好きではない。
「ねこ」は、ないだろうなぁ。念のため、ダメ元で、ドゥドゥンさんに「ねこのバティックはないか?」と聞いてみたのだが、予想通り、「ない」との答えだった。そうだよなぁ、ドゥドゥンさんのデザインするバティックに、「ねこ」が出て来るイメージはないよなぁ。
チャップ・バティックを大体選び終わって、まだ時間があったので、何の気なしに高級バティックの山へ行き、布を開いて見始めた。買う気はないが、目の保養だ。その中で、オレンジ色に近い、明るい茶色のバティックが目に留まり、山から取り出してみた。
たたんであった一折り分だけを開いたところ、ボトルの絵が出て来て、その横には、寝そべっている人の足?? 「なんか、変なバティックだなぁ」と思って全部を開いてみると、食事をしている人の風景が出て来て、その足元には、なんと、ねこ!!!!


ご飯を食べている人の足元に座って、「ちょうだい」と見上げ、もらえるのを待っているねこ。インドネシアではよく見られる光景だ。その向こうに、取っ組み合いをして遊んでいるねこ2匹。それに加わろうと、自分も飛びかかろうと狙いを定めているねこ。大きさが違うので、ごはんを待っているお母さんと、子ねこ3匹だろうか。地面にはきれいに食い尽くされた魚の骨が落ちているので、もうお腹は満ちているのだと想像される。魚の骨を描いてあるのが、なんとも優しい。

ねこたちは非常にリアルに描かれており、かつ、かわいらしい。すべてを点で描き、点を密集させるか、まばらにするかで、陰影と立体感を出している。下手に毛並みを描こうとすると破綻してしまうので、これは良いアイデアだ。
ねこのほかに、食べている人たちの姿がまたいい。手前にいる人のお椀に盛られているのは、骨付きの鶏もも肉を突っ込んだご飯に見える。鶏はアヤムゴレン(フライドチキン)だろうか。頬をふくらませ、右手を使って、豪快に、おいしそうに、「むしゃむしゃ」という感じで食べている。その後ろの人が手に持ち、なにやら真剣な表情で眺めているのは、クルプック(せんべい)だろうか。

「ジャワのおじさんたちの食事風景」という感じなのだが、ドゥドゥンさんによると、これもまた、ワヤンの登場人物だと言う。アルジュノの従者であるスマール、そして、3人の息子たちのガレン、ペトルック、バゴン。この4人は、広く愛されている人気のキャラクターだ。
ほほ笑みをたたえて中央にいるのがスマール。このバティックのタイトルも「スマール、微笑する」。「クルプック」がペトルック、「アヤムゴレン」がバゴン、寝そべっているのがガレン。スマール以外の3人は道化役で、「ゴロゴロ」と呼ばれるシーンに出て来て、いろいろ面白いことを言って観客を笑わせる。
楽しいシーンに出て来る楽しい登場人物たちなので、このバティックに描かれているのも、楽しい場面であることは間違いない。食器が並び、さんざん飲み食いして、「あー腹いっぱい」とばかりに横たわり、スマールは「やれやれ、みんな、よく食ったなぁ」とでも言いたげな笑みを浮かべている。

いかにもジャワらしい食事の風景に心を掴まれたのだが、決め手はもちろん、ねこ。まさか、ドゥドゥンさんのバティックに、ねこがいるとは。ねこが「4匹」なのは惜しかったが(うちのねこは5匹)、「4人」に数をそろえたのかもしれない。
こういう、自分にぴったりのバティックとの出会いは「jodoh」(結婚相手)と言うらしい。これまで買ったことのあるバティックの最高額を更新してしまう値段のため、少し迷ったのだが、結局、購入した。ちょうどインドネシア独立記念日であり、初めてのプカロガン・バティック・ツアーを開催中であり、ツアー参加者の皆さんにも購入の後押しをされた、思い出のバティックとなった。
休みの日に、「un-boxing」の儀を執り行う。箱を開けて、中に入っていたバティックを手に取った。その軽さに、まずびっくりする。これまで買ったバティック布は綿ばかりで、絹はショールやスカーフ類しか買ったことがなかった。同じバティックでも、素材が変わるとまったく印象が異なるものだ。シルク100%の手触りや羽根のような軽さを楽しむ。


バティック(蝋描き)は「ここまで細かくしなくても」と言いたくなるぐらいの、最高レベルの細かさだ。丸みのある物は、ねこと同様に点で描かれている。最高のバティック技法を駆使して描かれているのが、ボトル、壺、お椀、といった日用品なのがまたいい。
明るい茶色とくすんだ緑という、全体の配色も好きだ。私の好きな「ジャカルタの色」だ。

「スマール、微笑する」(Semar Mesem)
ドゥドゥン
86cm x 192cm
2023年

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