バナナの木[100枚のバティック(48)]

バナナの木[100枚のバティック(48)]

 バナナの木が好きだ。ジャカルタで初めて住んだアパートの下には空き地があり、そこにバナナ畑が広がっていた。風にそよぎ、雨が降ると喜んでいるかのように大きく揺れるバナナ畑を見ると、心が慰められた。その畑はもうほぼ残っていないが、空き地や駐車場の端、川縁など、今でもジャカルタの街中ではバナナの木を見かける。

 ジャカルタを出ると、バナナの木はどこにでものびやかに生えている。列車に乗ってチレボンへ向かうと、見渡す限り田んぼが広がり、バナナの木もたくさんある。大きいのから小さいのまでが並んで畦に植えられ、列車に向かって手を振っているように見えることもある。

 チレボンのアリリ工房で、バナナの木が主役の珍しいバティックを見付けた。「バナナの木が大好き」なわりに買うかどうか迷ったのだが、迷った理由は、一枚の布の中で同じ柄を3回繰り返していることだ。「一幅の絵」として飾るのであれば、繰り返しはちょっと残念だ。一緒に行った人は「ワンピースにしたら、前と後ろにバナナの木が来ていいかも」と言う。確かに、そういう大胆な使い方なら、この布は活きるだろう。

3本のバナナの木が並ぶ
3本のバナナの木が並ぶ
バナナの木は鳥でにぎやか
バナナの木は鳥でにぎやか
バナナと竹の周りに農作業をする人、アヒル、水牛、鳥
バナナの木の周りには、農作業をする人、アヒル、水牛

 心引かれた理由は色。好みにドンピシャだった。緑はカーキというか、若草色というか、ウグイス色というか、微妙な緑。それに、さわやかなスカイブルーとの組み合わせ。あまり見かけない色合いで、染料はインディゴソルと言う。

 買うか迷いながら、アリリ工房のワワンさんに作り方を詳しく聞いた。聞けば聞くほど、「これは買わなければ」という気になってしまった。

 筆に絵の具を付けて描く絵なら、いろんな色にするのは簡単だ。しかし、浸染で作るバティックは、緑・茶・青の3色にするのも容易ではない。染色と蝋伏せを繰り返す、膨大な作業となる。このバティックは、背景などの白を全部蝋伏せした上で、まずは水色に染める。それから、水色に残す部分を蝋で伏せてから、緑、茶に染める。

木の葉の茂みの中に3つの点々。簡単そうに見えるが、実は大変
木の葉の茂みの中に3つの点々。簡単そうに見えて、実は大変

 例えば、木の葉の茂みの中に3つの点が均一に打たれているのだが、「緑の中にある水色の点は簡単だけど、水色の中にある緑の点は大変」とワワンさん。どういうことかというと、緑の中にある水色は「水色に染める→蝋描きで3つの点を打つ→緑に染める」だけで良い。そうすると、点は水色で残り、周囲は緑になる。しかし、逆に水色の中にある緑は、「水色に染める→3つの点だけ残して、点の周りを全部、蝋伏せする→緑に染める」。そうすると、3つの点は緑になり、周りは水色のままで残る。「葉の茂みの中に3つの点」という表現をするだけで、どれだけの手間がかかっていることか。

茶色い葉に緑色の縁取り。山形にしてあるので、複雑な陰影に見える
茶色い葉に緑色の縁取り。山形の飾り模様のため、複雑な陰影を作って見える

 茶色いバナナの葉の縁は緑味を帯び、それによって陰影が生まれている。この緑色もまた、茶色に染める前に蝋伏せする。それも、ただの線ではなく「山形」にしてあるという細かさ。チレボンではこの形状を「チュイッ」と呼ぶようだ。ワワンさんは手振りを入れて、「ここを、チュイッ、チュイッ、とやるわけ」と説明してくれた。

 結局の所、話を詳しく聞くうちに、「あまりにも大変な労力をかけて作っている」ということに感動して買ってしまった。2026年のお正月に、壁に飾った。広げてじっくりと見てみると、これは見飽きないバティックだ。

中央の横線の上が空、下が大地。にぎやかな農村風景
中央の横線の上が空、下が大地。鮮やかな水色も良い

 連続模様なのだが、柄のつなぎ方が絶妙だ。つなぎ目の部分に、右手へ大きくバナナの葉を張り出させ、さらに、こちらへ向かって歩いて来る人を斜めに入れることによって、左右の絵が隙間なくつながっている。色分けも少しずつ違っていて、「間違い探し」のようになってしまうが、「この水牛の体は緑で、こっちは水色」というように、色分けを変えることによって、同じ絵でも変化が出て来る。

 同じ柄の繰り返しで、色はたったの3色(白を入れると4色)。その中で、これだけ見飽きない絵を作れるというのは、バティックのすごさであり、面白さだろう。

 ジャカルタからチレボンまでを列車で走ると、どこまで行っても田んぼが連なり、バナナの木があり、鳥が飛び、という風景の繰り返しだ。そんな延々と続く車窓の風景を見ているような気になる。「ザ・ジャワ」な生活と生命が一枚の布の中に写し取られている。

「バナナの木」
アリリ工房作

103cm x 263cm
2025年制作・購入 

バナナの木のバティック
甚五郎〜

100枚のバティックカテゴリの最新記事