賀集さんの見たラマレラの風景 [100枚のバティック(33)]

賀集さんの見たラマレラの風景 [100枚のバティック(33)]

 賀集由美子さんが「チレボン銀河鉄道」に乗って旅立ってから、ちょうど3年となる2024年6月29日。その前日の28日、チレボンから、このバティックが届いた。インドネシア東部にあるルンバタ島ラマレラ村を描いたバティックだ。箱の窓からのぞいている、織機に座る女性。これを見た途端に「賀集さんだ!」と胸がいっぱいになった。

6月28日、チレボンから届いたバティック
6月28日、チレボンから届いたバティック

 「開封の儀」は29日朝に。箱を開けると、立ち上る蝋のにおい。布を開いてみると、賀集さんがいっぱいだ! 織機に向かう人、草木染めの材料となるらしい葉を採っている人、壺に布を入れて染めている人、向き合って話している人、頭に荷物を載せて運ぶ人。 どの人の顔もちょっと賀集さんに似ている。周りには木や草花が茂り、豚や犬、鶏、子供たちもいて、活気のある村の様子がうかがえる。

 一転、「海」の段になると、さらに躍動感が増して格好いい。クジラ捕りの帆掛け船、そこから銛を手に飛翔する人、クジラ、イルカ、エイ、マンボウなど、海の「花形」の生き物たちが隙間なく描かれている。波の模様のほかに、雨雲(メガムンドゥン)や草花なども使って空間を埋め尽くすやり方がバティックらしく、構成が見事。

陸と海と

 この原画は、賀集さんの絵だ。賀集さんらしい温かな筆致で、鉛筆の下描きの上にサインペンで描かれている。賀集さんの見たラマレラの風景がそこにある。

インドラマユのバティック職人、アアットさんが保管していた賀集由美子さんの原画
インドラマユのバティック職人、アアットさんが保管していた賀集由美子さんの原画
銛を構える銛打ち。鉛筆の下書きの線も見える
船の先端で銛を構える銛打ち。鉛筆の線も見える

 元の絵はスレンダン(肩掛け用の布)の大きさ(約114 × 35.5cm)だった。今年1月にこの原画が見つかった後、チレボンのアリリ工房で原画をトレースして、バティック3枚を色違いで作ってもらった。

チレボンのアリリ工房で、賀集さんの原画通りに作ったバティック3枚。佐倉市立美術館で今年3月に開催した賀集さん作品展で展示
チレボンのアリリ工房で、賀集さんの原画から作ったバティック3枚。今年3月に佐倉市立美術館で開催した「賀集由美子の見たインドネシア〜チレボンのバティック」で展示
赤・黒バージョン
赤・黒バージョン

 「絵が細かすぎて、一番細いチャンティンを使ったけど、すごく難しかった。難しすぎるんで、多分、もう作らないだろう」とワワンさん。「この絵を展開して大きくして、カインパンジャンにしてみたい」と言うので、お任せした。そして出来上がったのが、このバティック。「絵が細かすぎる」と言っていたので、てっきり原画を拡大するのかと思っていたが、結局、原画と同じ大きさで作ったそうだ。

ラマレラの風景が広がる

 スレンダンをカインパンジャンにしたので、当然ながら、原画を何度も繰り返し転写しているのだが、ぱっと見たところ、「繰り返し」がわからない。それは原画の素晴らしさのせいなのか、転写・構成した下絵職人さんの腕が良いせいか。そしてまた、背景を白地と紺地に変え、模様の色分けをし、イセン(点・線描き)も微妙に変えているので、違う絵のように見えるのかもしれない。これぞバティックの醍醐味と言える。

 ここで改めてスレンダン・サイズのバティックを見てみると、「あれっ、こんなに小さかったのか」と思う。スレンダンだとすぐに「見終わってしまう」景色。カインパンジャンになると、村の生活がスケール感をもって目の前に広がっていく。賀集さんの見ていた世界が眼前に現れる気がする。

イルカ、葉を採る人

 賀集さんにとって、ラマレラは特別な場所だった。「ラマレラ、本当に大変だった」という言葉を何回か聞いた。

 まず、日本のテレビ局の「クジラ捕り」取材の通訳・コーディネーターとして、1カ月ほど滞在した。地の利と縁が出来たところで、バンドン工科大学(ITB)修士論文の調査のために、約2カ月間滞在。賀集さんが書き上げた修論のタイトルは「天然染料を使った絣織の過去、現在、未来」。大変だったラマレラでの生活は、修士論文の大変さと相まって、思い出深く、忘れられないものとなり、ラマレラは特別な地となったのだろう。

 ラマレラの風景は、賀集さんの作るバティックの題材としてよく登場する。中でもこの絵は、賀集さんの見た風景のオリジナルに近いのではないか。

 奇しくも6月28日にチレボンから届き、6月29日に開封したバティック。早速、部屋に掛けてみた。布に目をやると、目に飛び込んでくる全てが、隅々までが楽しい。どこを見ても、まったく見飽きない。蝋で白く抜いた部分がアクセントとなって目立ち、反転したネガのような紺地の部分によって締まって見える。

かわいいクジラの親子
かわいいクジラの親子

 布は軽くて、大きい。掛けていると、風で揺れる。布の中に見えてくるものは、ラマレラの風景、デスクに向かって絵を描いている賀集さんの姿、チレボンのアリちゃんやワワンさんの日常、ゆっくり丁寧に蝋描きしている職人さん、蝋の鍋から立ち上る湯気。賀集さんの存在が、ラマレラやチレボンの人々の存在が感じられる。やはりバティックとは素晴らしい。

機を織る女性。賀集さんに似ている
機を織る女性。賀集さんに似ている

「ラマレラの風景」
賀集由美子原画、バティック・アリリ作

114cm x 266cm
2024年制作

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