チレボンのバティック文様と言えば「メガムンドゥン」(mega mendung)。「メガ」は「雲」、「ムンドゥン」は「雨の降りそうな、曇っている」という意味で、曇り空を見て「mendung, ya」(降りそうだね)と言ったりする。「メガムンドゥン」だと「雨雲」という意味になる。雨雲は豊穣をもたらす。中国起源の吉祥文様とされ、チレボンで独自の発展を遂げた。たとえチレボンのバティック業者組合がメガムンドゥンを「意匠登録」したとしても、誰も文句を言わないだろう、というぐらいに、「ザ・チレボン」な伝統文様。
しかし、メガムンドゥンは難しい。着るのも難しいし、飾るのも難しい。その理由は、ご覧の通りの強さ。空間全部を飲み込んでしまうぐらいの個性と力がある。私も「格好いい文様だなぁ」「チレボンを代表する文様なのだから欲しい」と思いつつ、「どうやって使う?」という問題から、あまり購入したことはなかった。
2024年11月にインドネシア研究懇話会(KAPAL)の講演をチレボンのアリリ工房で行った時、Zoom画面の背景に、アリリ工房作のメガムンドゥンのバティックを飾った。出来たばかりと言うターコイズブルーの品で、涼しげな色合いがとても美しかった。講演前に工房に泊めていただいたりして大変お世話になったお礼に、そしてKAPAL講演記念として、講演後に、このバティックを購入した。
ジャカルタの部屋の壁に試しに飾ってみると、いやー、すごい。壁にいきなり空と雲が出現した。その雲がさらに動いているようにも見える。二次元の布なのに、なんだか三次元の別世界へと引き込まれるような気がするのだ。
改めて「すごい」と感じるのは、グラデーションによって作り出される雲の立体感だ。
グラデーションが3層ぐらいしかない簡単なメガムンドゥンもあるのだが、一般的なのは、5層、7層、9層、たまに11層。このバティックは9層だ。もちろん、層が多いほど手間がかかり、雲の立体感は増していく。
これはどういう技法なのかと言うと、まずは背景の白を全部、蝋で伏せ、雲の白い縁も蝋伏せする。それから、ターコイズブルーの一番薄い色に染めた後、雲の一番外側の1層目を蝋で伏せる。チャンティンを使って、すーっと一本の線を描くのだ。この蝋伏せした線が、一番薄い色のままで残ることになる。
次に、1層目よりももう一段階濃いターコイズブルーに全体を染めてから、2層目を同じように蝋で伏せる。続いて、2層目よりもう一段階濃いターコイズブルーに染めてから、3層目を蝋伏せ。これを9回繰り返して、外側の一番薄い色から中心部の一番濃い色まで、色の濃さを9段階、変えていく。
このグラデーションの蝋伏せは「息継ぎ禁止」で、「一筆書き」のように、一気に描かないといけないそうだ。途中で手を止めた箇所は線が途切れてしまい、線の途切れは見ればわかる。
大きな雲の周りに、雲の子供のように、小さい雲が散らばっていてかわいい。カトゥラ工房の場合は小さな雲の形なのだが、アリリ工房の場合は、耳をぴんと立てた「ねこ」のようだ。これは「耳」(kuping)と呼ばれている。メガムンドゥンは自在に雲が連なっていく連続文様だが、つながらない部分は、この「耳」で止める。
「耳」に、雲の代わりに動物を使うこともあり、そうすると、雲の間で動物が遊んでいるような楽しい模様になる。メガムンドゥンに蝶や花柄を合わせることもある。しかし、このバティックはメガムンドゥンのみ、形と色だけの勝負。見ていると「潔い」という言葉が浮かぶ。
一つひとつの雲の形、雲が連続していく様、全体のバランス、全てが完璧で一分の隙もない。見ていると吸い込まれるような、異世界へと誘うメガムンドゥン。
メガムンドゥンは空の雲を見て描いたのではなく、地面の水たまりに映った雲を見て描き、生まれた文様だといわれている。なので、空の雲とは違って、どこか平面的で、ずっと連なっていく。平面なのか立体なのか、空なのか水なのか、不思議な気持ちになる。
話は変わるが、ジャカルタの空と雲は、変化に富んでいて美しい。メガムンドゥンそっくりの雲も見かけたことがある。
メガムンドゥン・ターコイズ
アリリ工房作
104cm x 268cm
2024年
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