マンゴーの降る地で[インドラマユの手描き] [100枚のバティック(22)]

マンゴーの降る地で[インドラマユの手描き] [100枚のバティック(22)]

 6月、インドラマユにあるエディさんの工房を訪れた時、斜め前にある家のマンゴーが収穫中だった。家の屋根に人が上って、刃の付いたネットのようなざるでマンゴーの茎を切って、ざるの中に落とす。ざるの中のマンゴーを玉入れのようなかごへ入れていく。マンゴーでいっぱいになったかごが、屋根の上からロープでゆっくりと下ろされる。

マンゴーの木は高い。実の収穫は屋根に上って
高い木なので、屋根に上って実を採っていた
ネットのようなざるの手前に刃が付いている。これで茎を切る仕組み
左のネットのようなざるの口の部分に刃が付いている。これで茎を切る仕組み

 「Borongan」(一括売買)と言われるやり方で、木になったマンゴーの実全部を「木一本いくら」で、業者に売るのだと言う。まだ緑で熟していないのだが、このぐらい緑な方が扱いやすいのだろう。

 家の前に軽トラックが停まり、荷台には緑色のマンゴーがぎっしり積み込まれている。熟れた実なら香りなどでわかるが、まだ緑の場合、良いマンゴーの見分け方は? 「ゴツゴツして、形の悪い物はダメ。つるっとして、マンゴーらしい形の物が良い」と教えてもらった。

 時々、茎を切られたマンゴーの実が誤ってトタン屋根の上に落ち、「どかーん!」と轟音がする。いくつかの実は道に落ちたまま放置されている。そういう物は他の人が拾ってもいいそうで、バイクで通りかかった女性が、大きな声で何か聞いてから、道端に落ちた、葉付きのマンゴーを拾っていた。

軽トラの荷台に積まれたマンゴー
軽トラの荷台に積まれたマンゴー

 インドラマユといえば、マンゴー。車でインドラマユ県に入ると、右も左も、マンゴー、マンゴー、マンゴー、マンゴー。ジャワ北岸の他地域と、そして言ってみればジャカルタとも、気候が特段に違うとも思えないのだが、なぜかマンゴーの生育にぴったり合った土地がインドラマユなのだ。

 翌7月、エディさんの工房で、「マンゴーの木」(Pohon Mangga)と言う、初めて見たバティックを買った。名前とモチーフに惹かれるではないか。

斜め模様で埋めた「クパラ」の部分がまたかわいい
斜め模様で埋めた「クパラ」の部分がまたかわいい
「マンゴーの木」バティック

 太いチャンティンを使い、ざっとした手描きだ。細かく丁寧な仕事ではない。線はゆがみ放題。蝋がどぼっと出て、線が太くなっている所もあるし、逆に、蝋がかすれて、線がほとんど見えない所も。そういうムラや濃淡、「ざっと」感が、おおらかでなんとも楽しい。細かくて丁寧な手描きバティックとはまた違った良さがある。

 インドラマユの手描きバティックについて、賀集由美子さんは「『粗い』仕事もあるけど、『いい加減』じゃない」と評していた。実は、チレボンの安い(と言っても、インドラマユほど安くもないのだが)手描きの場合、「粗くて、いい加減」な物も結構ある。「チレボンでいい加減な手描きを買うよりは、断然、インドラマユの手描きを買った方が良い」と、個人的には思っている。

 エディさんの工房の周りを歩くと、家の軒下や外の台所で、漁師の妻たちが蝋描きをしている。早い、早い。1日に何枚も出来るだろうと思われる速さだ。やりかけの布が掛けっぱなしになっていて、聞くと、「子供を迎えに行った」。蝋を入れた鍋は、料理用の古い鍋だったりする。

 このバティックも、下絵なしだろう。白い布をキャンバスにし、チャンティンを自由に動かして、自分の頭の中にある「マンゴーの木」のイメージを、さっさ、さっさと描いていったのだろう。その人の頭の中にあった「マンゴーの木」とは、とにかく、実がいっぱい。海草モチーフのように曲がりくねり、延びていく枝。葉の間に隠れて、丸っこい実が鈴なりだ。間にある、気泡のような丸い物は、エディさんによると「空間を埋めるためで、特に意味はない」とのことだったが、落ちた実のようにも見える。

 全体的に、「マンゴーが降るようにある土地のバティック」という気がする。身近に見ている風物を土地の人が描くと、本当にうまい。インドラマユの人の描くマンゴーは、タイ人の描く象に匹敵する。

 このバティックをジャカルタへ持ち帰り、部屋の中でパーティション風に掛けてみた。命あるもののように、エアコンの微風でそよぐ。インドラマユの路地で女性たちがチャンティンを動かしている姿、布が干されて揺れていた路地の風景を思い出す。インドラマユという土地を閉じ込めたようなバティックだ。

後ろの物がごちゃごちゃしているので、目隠しに布を掛けた

「マンゴーの木」(Pohon Mangga)
バティック・ビンタン・アルットで購入

101cm x 198cm
2023年購入
15万ルピア(値段は購入当時)

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