[ウミ物語](2)お母さん

[ウミ物語](2)お母さん
お腹が大きいような気がする(2021年8月7日)
お腹が大きいような気がする(2021年8月7日)

 午前1時、ボールを転がす音がずっとしている。起き出して見に行くと、いくつかの軌道にボールが複数入っているおもちゃで、チビ甚五郎が遊んでいた。生まれて初めてのおもちゃなのだ。

 また、ベッドで寝ていると、ねこが足に当たる。横に寝ているのは甚五郎なので、フレディか?と思って見ると、なんと、チビ甚五郎だ。拾われてまだ4日目で、もうベッドに上って来て、一緒に寝ているのだ。おもちゃを知り、ベッドの味を覚えたら……もう、外へ出すのはかわいそうだろう。

 と言うのは、「ねこを飼いたい」と言っていた友達は「夫が反対している」とのことで、チビ甚五郎の行方は宙に浮いていた。きちんと友達に確認してから保護しなかった私が悪い。今から思うと、友達が「決められない」と言った時点で、すぐにリリースするべきだった。しかし、そうはできないのが人情。友達からもはっきりした言葉はなかったので、「もしかしたら……」と希望的観測に寄った様子見をしてしまった。

 毎朝、ねこたちには蒸し魚をあげる。魚の種類によってはフレディと甚五郎は食べないのだが、チビ甚五郎は何でもガツガツ食べるし、いくらでも欲しがる。お腹が大きく見えるのは、こうしてよく食べるからだろう、と思っていた。しかし、どうもおかしい。もしかしてお腹が大きい?! 妊娠してないか?! 予定していなかった3匹目の上に妊娠疑惑で、「これは、やらかした」と思い、ひどく落ち込んだ。

 真剣に落ち込んでいるため、うちの家族からの「ねこ屋敷やんか。『ねこ屋敷』じゃなくて『甚五郎屋敷』や」という茶々もまったく笑えない。「はなちゃん、一体どうするの」と言われても、そんなことは本人が一番わかっている。2匹でも自分の分を超えているところに、3匹目だ。さらに子供まで……。

 救われたのは、ねこ友達の一人に話を聞いてもらい、「リリースするとか手術する、という手もある」と言ってもらったことだ。リリースだとか手術だとか、「論外だ」と怒られるかと思っていたのだが、さすがに、その友達もねこをたくさん飼っているだけあって、「そう甘くはない」ということはよく理解している。友達と話をしてから、「チビ甚五郎だけは仕方がないので飼うとして、子ねこまでは無理なので手術してしまうか」とも思った。折悪しく、私の日本への長期帰国の日が迫っていた。

 とりあえず、チビ甚五郎の名前を決めないといけない。私はかたくなに「チビ甚五郎」(Jingoro Kecil)と呼び続け、敢えて名前を決めないできた。名前を付けると「うちの子」になってしまう。しかし、病院へも連れて行かないといけないし、もう仕方がない。

 甚五郎に似た女の子だったので、うちの家族には「甚子」と呼ばれていた。ミニさんもいつの間にか「甚子」と呼ぶようになっていた。しかし、それではあまりにもかわいそう。じんこ、って何だ。

 ミニさんは、「女の子の甚五郎」という意味で、ジャワ語の「女の子」という意味の「ゲニー」はどう?と提案してきた。しかし、私の母が「響きがかわいくない」と却下。私は、ジャワ語というのは気に入ったので、「じゃあ、ジェニーは?」と、「ジェニー」と呼び始めた。しかし、はっとした。名は体を表す。あまり「女」を強調した名前だと、本当に妊娠確定してしまうかもしれない。やはり却下だ。そして、「チビ甚五郎」「甚子」に逆戻り。

 こんな感じで、名前もちゃんと決まらずにゴタゴタしているうちに、私は日本へ。その翌日に「甚子」は病院で診察を受け、私の希望も空しく、妊娠は確定した。それも、もう妊娠1カ月。あと1カ月で生まれてしまう。子ねこの数は「プラスマイナス3匹」で、「心臓が出来ていて、元気です」と言われてしまった。超音波の動画も送られて来た。

 そう聞き、動画を見てしまうと、もうどうしようもない。とりあえず、産ませよう。できるだけ少ない数(「プラスマイナス」のマイナスの方で、せめて2匹ぐらい)であることを祈る。生まれた子ねこは今度こそ、友達がもらってくれるように期待を込める。ほかの1〜2匹は、インドネシア人でも誰でもいいから、もらってくれる人を探そう。よく「ねこアドバイス」をくれる友達のKが「なんとかなるよ」と励ましてくれた。こういう根拠のない励ましが、本当にありがたかった。

 そして、甚子は私のジャカルタ不在中に、私のアパートで、ミニさん見守りの下、無事に3匹の子ねこを出産した。最終的に私の付けた名前は「ウミ」(Umi)。インドネシア語で「お母さん」という意味だ。「ウミ」は、日本語の漢字を当てるなら「海」。「お母さん」という感じではないか。

夢中でおもちゃで遊ぶ(2021年8月9日)
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ウミと子ねこ3匹(2021年10月22日)
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