[ウミ物語](5)旅立ち

[ウミ物語](5)旅立ち

 ウミの旅立ちの日。ミニさんから「午後6時にアパートを出て、6時半のバスに乗る」と聞いていた。間に合うように帰宅できればと、5時ぴったりに会社を出て、帰路を急いだ。ところが、高速道路に乗ろうとした時点で、「もうアパートを出た」という連絡が。「バスの出発時間を間違えていて、午後6時だった。乗り遅れるといけないので、もう出た」。間に合わなかった。最後に一目会ってお見送りを、というのは、かなわなかった。つくづく、ウミとは「すれ違い」というか、縁がなかったなぁ、と思う。

 午後5時半ごろに帰り着き、ウミのいない部屋へ入った。クッションが全部、戻されている! 毛布も戻されている! それだけで、思わず記念写真をバシャバシャ撮ってしまうぐらい、感動的だった。

ソファにクッションがある!
ソファにクッションがある!
クッションが戻った!
ねこたちのクッションが戻った!

 いつもやっていたように、ソファにバティックの布を広げて掛けると、甚五郎が早速、乗って来て、真ん中に座った。その表情が面白かった。何かを思い出しているような微妙な表情、焦点の定まらない目。「ソファって……こんなに気持ち良かったっけ……?」という顔をしている。それから、ソファに顔を埋めて寝始めた。

 私も、その後でソファに寝転び、「ソファって……」と、甚五郎と同じ表情になった。

ソファに乗って、遠い目
ソファに乗って、遠い目
ソファに顔を埋めて寝る
ソファに顔を埋めて寝る。良かったなぁ、甚五郎!

 ベッドにも、毛布が戻されていた。ねこたちはその上にのびのびと横たわった。ねことともに、何カ月ぶりかの安眠だ。翌朝、いつもは朝早くに起きてしまうねこたちも、まったく起きないほどの熟睡ぶりだった。

熟睡する甚五郎、フレディ
熟睡する甚五郎、フレディ

 クローゼットは、もう閉めておかなくていい。開け放しにしておいたら、モモが棚の一番上に上って、寝ていた。ウミのお気に入りだった場所だ。ウミが上るのを見て、モモも上ってみたかったに違いない。

 マット、ベッドの毛布、取り込んだ洗濯物、バッグ、パソコンなど、置きっぱなしにしておいても良い、というのは本当に気が楽だ。至る所で「おしっこされているかも」、「おしっこされてる!」という恐怖感がないのにも安堵する。

 「おしっこ騒動」の渦中では、神経過敏になっていたようで、夕食のおでんの練り物にもおしっこのにおいを感じ、途中で食べられなくなって捨てたりしていた。水ボトルの飲み口にもおしっこ臭を感じて、水を捨てて、洗剤で洗い直したり。今でもトラウマは残っていて、自分の服やバッグにおしっこのにおいがするように感じて、「あれ、私、臭くない?」と気になることがある。

 ウミがいなくなった寂しさで胸がチリッとする瞬間は、朝、魚の皿を自動的に6枚用意して、「あ、5枚でいいんだった」と思う時。魚が大好きだったウミがいないと、ほぐした魚がやたらに余る気がする。盛んにねだってバクバク食べていたウミがいないと、張り合いがない。

 そしてまた、部屋の片隅に積み上げてあるねこ用のケージの山が、いつもより低くなっていて、数が1個減っているのを見た時。

 そしてまた、ウミが好きなおもちゃを取り出した時。ピンクの玉とヒラヒラの付いたおもちゃが大好きだった。これを取り出して振っていると、「スタン」とどこかから床に下りる音がして、ウミがのっそりやって来る。これが大好きなくせに、そのままおもむろに寝転んで、ものぐさに手を動かし始める。そのおもちゃを振っていても、ウミは来ない。

 朝、カーテンを開ける。カーテンを開けられるのが待ちきれず、このカーテンの下に頭を突っ込んで外を見ていたウミ。夕方や夜に、ウミのお気に入りの場所だった窓辺のテーブルの上は、空だ。「6匹引く1匹」の「1」は意外に大きい。

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