[100枚のバティック](4)チレボン駅のブックカバー [複製]

[100枚のバティック](4)チレボン駅のブックカバー [複製]

 「チレボン銀河鉄道」のバティック豆本が出来上がるのとほぼ同じタイミングで完成した、このバティック。賀集由美子さんのブックカバーをアリリ工房に複製してもらった。

 オリジナルのブックカバーは、サッカー選手や監督にインタビューした本「蹴る群れ」(木村元彦著、集英社文庫、2014年)にかけられており、賀集さんの本棚に並んでいた。わざわざ手製のブックカバーをかけたところに、大切にしていた様子がうかがえる。しかし、売上スリップがページをまたいで挟まったままで、本を読んだ形跡はなかった。日本で買って来て、うれしくてすぐにカバーをかけ、「いつか読もう」と大事にしていたのではないか。

手作りのブックカバーがかけられた、賀集由美子さんの蔵書
手作りのブックカバーがかけられた、賀集さんの蔵書
賀集さんのブックカバー(表)
ブックカバー(表)

 ブックカバーの題材はチレボン駅。駅のホームに立つ駅員さん(「ジャワねこ先生」と呼ばれている)とペン子ちゃん。そこへ、屋根いっぱいに人の乗った列車が入って来る。屋根の先頭に陣取った人はギターをかき鳴らし、2番目の人はタンバリンを振っている。盛り上がっていて、とても楽しそうだが、屋根の後ろの方には「疲れたー」という様子の人も。

 反対側のホームには親子がいて、その様子を「あらあら」と言うように見ている。子供は「バンドンへ、スラバヤへ、タダで乗っていいよ」と「汽車」(Kereta Api)の歌を口ずさみ、お母さんは「あんたは切符を買うのよ」と言っている。

 昔のインドネシアでは、列車の屋根に乗っての無賃乗車が普通だった。サッカーのサポーターは、地元チームの応援をしに遠征地へ繰り出すのに、お金を節約するために無賃乗車で行くことも多かった。賀集さんも実際にチレボン駅で目にして「えええーー」と思った情景なのかもしれない。

賀集さんのブックカバー(裏)
ブックカバー(裏)
賀集さんのブックカバー(表紙)
ブックカバーの表紙

 真ん中で二つ折りにするというブックカバーの特性を活かし、表紙には、無人のホームに立つ駅員さんとペン子ちゃん。裏側にひっくり返すと、賑やかな列車がホームへ進入して来るところが見える。誰もいないホームと、人がいっぱいの列車。「お!」という驚きを与える、この転換が良い。

 さらに、内側に折り込まれた部分には、先のツッコミを入れる親子がいる。その反対側の折り返しには、「Cirebon」(チレボン)という駅名が表からつながり、ホームの隅で、1個5000ルピアのお弁当を売る人と、お金を渡して買っている人。その下には「I ♥︎ Kereta Api(アイ・ラブ・鉄道)」の文字が丁寧に書き込まれている。

 力強く画面の下を走る線路、ホームに引かれた縦横の直線。この線の繰り返しがすっきりした心地よさを与える。直線との対比になっているのが、うろこ状の細かい屋根瓦の模様だ。

 表紙は、一枚の絵としていつまでも見ていられるほど、完成度が高い。そして裏へひっくり返した時、本を開いて見返しを見た時に、驚きや笑いの遊びが隠されている。

 色は、いかにも賀集さんの好きそうな、パステルカラーの組み合わせ。駅舎はレモンイエローで、ホームは若草色、空と線路は桔梗色。本物のチレボン駅とはまったく違う、現実離れした色合いだ。賀集さんの理想のチレボン駅だったのだろうか。調和が取れていて美しい。

 このブックカバーの絵を見ているうちに、宮沢賢治「銀河鉄道の夜」、ますむらひろし「銀河鉄道の夜 四次稿編」、インドネシア人の友人プトリが「賀集さんのいつもの出発点はここだから」と言って送ってくれた夜のチレボン駅の写真などがひとつになっていった。そして浮かんだストーリーが「チレボン銀河鉄道」だ。

 このバティックはどうしても手元に置きたくて、アリリ工房のアリさん、ワワンさん夫妻に複製をお願いした。オリジナルのブックカバーをトレースして下絵を描いてくれたのは、竹田有希さん。ブックカバーではなく額絵として飾ることを前提に、開いた形にしてもらった。2022年7月にチレボンへ行った時に下絵を託し、出来上がったのが約2カ月後の9月下旬。ジャカルタでのイベント「Farm Cafe」でアリさんから手渡された。

 完成品を見た時、あまりにもオリジナルと近いので、正直、びっくりした。たとえ「複製」を頼んで「これと同じ物を」と言っても、同じにはならないのがバティック。ところが、この作品は、できる限り忠実にコピーしてあり、「同じ物を作る」「賀集さんの作品を複製する」という強い意思を感じた。

 通常はイセン(線描き)職人が好きな模様を入れる、ジャワねこ先生が腰に巻いているバティックのサロン柄まで、オリジナルとほぼ同じ。「帽子の柄がちょっと違う」「襟がちょっと違う」といった、まるで「間違い探し」のようなわずかな差異はあるものの、一見すると、ほぼ同じ模様だ。

 難しいのは色なのだが、これも、よくオリジナルに近付けたものだと思う。賀集さんに教えてもらった染料の配合を参考にし、まずは無地の布で2、3回染めてみて、色の出具合を試したのだと言う。

 空の色が濃すぎたり、ホームの線が白ではなく紺になっているといった、オリジナルと違う点はあるのだが、よくここまで再現してくれたものだと思う。アリさんとワワンさんの賀集さんへの気持ち、私への思いやりを感じられて、感謝しかない。

アリリ工房の「チレボン駅」
アリリ工房作「チレボン駅」

「チレボン駅」
賀集由美子(スタジオ・パチェ)作

16cm x 11cm(ブックカバーの片面)
2014年ごろ制作?
非売品

「チレボン駅」(複製)
バティック・アリリ作

16.5cm x 39.5cm(絵の部分のみ)
2022年制作
15万ルピア

アリリ工房「チレボン駅」

バティックの中に書かれた「汽車」の歌詞

「Kereta Api」(汽車)
作詞:Saridjah Niung(Ibu Soed)

Naik kereta api tut tut tut
Siapa hendak turut?
Ke Bandung… Surabaya
Bolehlah naik dengan percuma
Ayo temanku lekas naik
Keretaku tak berhenti lama

汽車に乗ろうよ、トゥッ、トゥッ、トゥッ
一緒に来たいのは誰?
バンドンへ、スラバヤへ
ただで乗っていいよ
ほらほら友達、すぐ乗って
私の汽車は長く停車しないよ

https://www.kompas.com/hype/read/2020/06/26/100646366/lirik-dan-chord-kereta-api-lagu-anak-indonesia

https://www.youtube.com/watch?v=U0I-svvDLj8

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