賀集由美子さんの作りかけの布。細い帯状のバティックが2本。その上にはそれぞれ、ザクロの木の枝に止まるクジャク。枝の向きは左右で90°違い、クジャクはお互いに背を向けている。さて、これは何でしょう?
不思議な形状で、賀集さんがこれで何を作るつもりだったのか、どう考えてもわからない。「ザクロの木の上のクジャク」が印象的なので、これが中心となるデザインのような気がする。
考えあぐねて、スタジオ・パチェの元縫製職人のアヨさんに写真を送って、「これは何?」と聞いてみた。即座に返って来た答えは「ワインボトル入れ」。えええええっ!! 「クジャク」の部分が底に来るのだと言う。
試しに、帯状の部分を2つ折りにして、ワインボトルを置いてみた。ドンピシャ! サイズがぴったりだ。この帯2本で、ワインボトル入れが2つ出来る。しかし、「クジャク」が底とは、なんともったいない、ぜいたくなデザインか。
帯の両端をはじめ、非常に細かいイセン(線描き)がほどこされ、蝋の中に細い線を残した「ウィット」も素晴らしい。花、葉、ザクロの実、鳥の羽など、不自然に白く空いている部分があるので、ここにもイセンをして、多色染めにする予定だったと思われる。
こんなに素晴らしいイセン、バティックなのに、なぜこれが完成しなかったのか、完成させなかったのか。単に忘れていたのか、何か理由があったのか。布の端に留められたタグには「2011年10月1日」と書かれている。
タグに書かれた日付のちょうど12年後の2023年10月1日、私の手元にやって来た。チレボンのご遺族から賀集さんの遺品を分けていただいた時、この布も購入させてもらった。
「未完成の布」には独特な面白さがある。普通であれば世には出ない「プロセス中の布」。賀集さんの創作過程が見られると言うか、賀集さんの頭の中をのぞけるような、賀集さんの創作の息づかいを感じられる気がする。この布の場合は、「ここを違う色にするつもりだったんだ」という色分けの過程が垣間見える。
多色染めで完成していたら、当然のことながら、素晴らしかっただろう。しかし、偶然にこうなった紺・グレーの色合いも好きだ。これもまた賀集さんの好きだった色彩で、奇しくも、アリさんに注文して作った「チレボン銀河鉄道」コースターも、同じ色合いだ。
さて、この布をどうするか。「布のまま持っているよりは、賀集さんの作ろうとしていた物を作り、完成させよう。賀集さんの考えていたイメージを具象化させて、形となった作品を見たい」と思っていた。しかし、ワインボトル入れでは、作ったとしても、ほぼ確実に使わない。賀集さんのイメージを見たい気持ちはあるが、使わない物を作っても、もったいない。さらに、せっかくのクジャクが底に来て見えないデザインだ。
このクジャクだけで、何か小物を作ろうか? しかし、この帯は一体どうしたらいい? 期せずして出来た、この「色合いのスッキリさ」を活かせないか? 再び、inch by inch(インチ・バイ・インチ)さんに相談したところ、ご提案いただいたのは「バッグ」。
最初に、既製のサコッシュやスウェード・トートバッグに手でバティックを縫い付ける、という案をいただいた。しかし、なかなか、適当な品がない。続いて、「光沢ある麻生地でトートバッグから手作りする」という案が出て、私にとって使いやすいバッグのサイズや形を検討した。しかし、話が進んだところで、はたと思い直して、「賀集さんの布を最大限に活かすデザインでお願いします。もし、私の使いやすい大きさや形が賀集さんの布のデザインを阻害するようでしたら、デザイン優先で!」と伝えた。すると、「賀集さんのバティックの世界観をバッグに落とし込むのなら、まったく違う物を作ると思います」という返事。現時点での案をいくつかいただいた。
華子さんと一緒に仕事や旅にお供できるバッグが出来たらすてきですね。賀集さんのぬくもりを感じながら、前に進める気がしますね。
inch by inchさん
こうして始まった「バティック・バッグ・プロジェクト」。どんなバッグが出来上がるだろうか。賀集さんの未完成の布が、別の物に形を変えて完成し、使えるようになったら、とてもうれしい。
ワインボトル入れ(2個分)の布(未完成)
賀集由美子さん(スタジオ・パチェ)作
44cm x 89cm
2011年10月ごろに蝋描きと第一回染色、2023年10月購入
50万ルピア(値段は購入当時)
コメントを書く