インドラマユを代表するモチーフというと「イワック・エトン」(Iwak Etong)。「これがかわいいと思えるようになったらバティック上級者」と冗談を言っていた人もいるぐらいで。
一番最初に目に付くのは伊勢エビのような大エビ。これがとてもエビには見えず、ムカデのお化けのようで、怖い。思わず「エビの足 何本」でインターネット検索してしまい、「10本」という回答を得た。アアットさんのバティックでは50本ほど描かれており、明らかに多い。これは足なのか、一体何なのか。エビの姿を強調した造形なのか。
この特徴的な大エビの次に怖いのは、波間を漂うタコとイカ。間に描かれているのは海草だろうか。一方で、平たい魚はユーモラスで、癒やしのカニはかわいらしい。海藻か波を表しているのか、「の」の字のような細かい手描き模様で背景全面が埋め尽くされている。
なんとも大胆なデザインだ。「Iwak」はジャワ語で「魚」、「Iwak Etong」はエトン魚、日本語でオキハギのこと。つまり、主役は大エビではなく、この平たい魚だ。アアットさん宅で焼き魚をいただいたことがあり、とてもおいしかった。
魚、イカ、エビ、タコ。このバティックを身に着けていると豊漁になると信じられた。漁村のインドラマユらしい伝統模様だ。
最初にこの柄を見た時、正直、「なんだこれは……」と思った。そう思いつつも「インドラマユを代表する柄なら、一枚、買っておこう」と、どこかの店で買った。インドラマユ独特の「チョンプロガン」という道具を使って、蝋伏せした布に針で穴を開けてから染色するやり方だ。穴の部分には染料が入って、小さい点描のように染まる。
次に、コロナ禍中にアアットさんから、売りたいバティックの写真がWA(ホワッツアップ)で送られて来た。その中から「イワック・エトン」を選んで買ったが、届いてみると、思っていたのと色合いがちょっと違った。このため、あまり気に入らず、ジャケットに仕立てた。ジャケットにすると個性的で格好良く、愛用している。
続いて、2021年12月にアアットさん宅を訪ねた時に、藍染めの「イワック・エトン」を見付けて購入した。藍と白のすっきりした色合いなのだが、背景が真っ白ではなく、陰影がある。「蝋が割れて失敗してしまった」とアアットさん。藍色の染料が細い筋のように白地に入ってしまっている。背景の「の」の字模様に、藍色の線が混じり合い、なんとも不思議で面白い文様になっている。「失敗もまた良し」というか、偶然に出来上がった、すてきな作品だ。ちょっと和風な雰囲気でもある。
最後の一枚は、2022年10月にアアットさん宅へ行った時に入手した。実は、買ったバティックと間違ってこれが入っており、「まぁいいか」と思って、ついでに購入した。なので、家には4枚も「イワック・エトン」がある。大好きな「難破船」柄でさえ、そんなに持っていないのだが。
最後に手元に来た「イワック・エトン」は、私の大好きな白黒。無駄なく、すっきり。これは蝋の割れる失敗をしていないので、手描きの線の美しさと面白さをじっくり眺められる。これを見ていて改めて、「イワック・エトン」という伝統模様のデザインの良さ、完成度の高さを再認識した。
インドラマユのバティックは「抽象と具象の間」というモチーフが優れており、うまいように思う。写実的な絵ではなく、大胆にデフォルメとデザイン化をほどこしてあるので、見ていると想像力をかきたてられ、見飽きることがない。ちょっとわからない所がいい。「難破船」もそうだし、この「イワック・エトン」もそうだ。いつまでも眺めていられる面白さがある。
エビはいまだにちょっと怖いのだが、魚やカニの造形は素晴らしい。最初に店で買ったバティックと見比べると、やはり、アアットさんの「イワック・エトン」は生き生きして見える。海の中は見えないが、こんな獲物がたくさんいるに違いない。そう願って、漁師の夫を送り出してきたのだろう。
「イワック・エトン」(Iwak Etong)=白黒
アアット作
103cm x 228cm
2022年購入
40万ルピア(価格は購入当時)