失敗も未完成も良し 破れた布[100枚のバティック(37)]

失敗も未完成も良し 破れた布[100枚のバティック(37)]

 チレボンへ行くたびに、賀集由美子さんのご遺族の家に立ち寄り、ちょこちょこ放出される賀集さんの遺品をちょこちょこ買う。トランク2つに詰まっていた完成したバティック小物はほぼなくなってしまい、今では「作りかけの布」に放出は移っている。製品になっていなくても、切れ端であっても、私にとっては十分に価値のある物だ。「もうこれで買うのは終わり」「もう十分、持っている」と思いつつ、行くたびに買ってしまう。

 2024年10月に訪れた際、とても気になる布があった。「belacu」と呼ばれる厚手の木綿生地を使った、作りかけの布だ。すごく大きい。ベッドカバーにできるぐらいの幅がある。

大きい布

 えんじ、紫、薄茶という、賀集さんらしい微妙な色合いで染められ、1回目のプロセス(染色と蝋落とし)は終わっている。しかし、そこで制作は止まっている。

 布の真ん中に大きく破けた箇所がある。染色するために布を折りたたんだ部分も蝋が割れたらしく、えんじ色の染料が真っ直ぐの筋になって白地に入っている。染料が入るのはまだ良いとしても、布が破れてしまったのはどうしようもない。これでプロセスを止めたのだろう。未完成の失敗作だ。これが遺品の中にたたんでしまわれていた。

破れ、結構大きい
破れ(中央下)、結構大きい

 これが欲しい、と思った。値段を聞いてみたのだが、「これは売らない」と、にべもない。翌11月に訪れた際にも「欲しい」と言ってみたが、「よくわからない」という曖昧な言葉と共に、再びたたんで、しまわれてしまった。「もうあきらめよう」と思ったが、一緒に行った友達のアドバイス(「値段を言ってみたら?」など)と「押し」を受けて交渉してみたところ、ついに入手することに成功した。

 幸せ。それまでのやさぐれムードが一転して元気いっぱいに。早速、チレボン・トゥルスミのアリリ工房に布を預けて、破れた箇所の修繕と端縫いを頼んできた。修繕は修繕の職人さんに、端縫いは「スタジオ・パチェ」の元縫製職人のアヨさんにミシンかけをお願いする。布の破れが広がったり、端がほつれたり、という危険がなくなったら、部屋に飾ろう。

 なぜそんなに惹かれたのか、というと、まずはその大きさだ。

 長さが2メートルを超えるバティック布のカインパンジャンは十分に大きく、飾るには大きすぎるぐらいに思える。日本の家では「飾る場所がない」ぐらいだろう。幸い、ジャカルタのアパートには広い壁があるので、どーんと貼れる。最も日当たりの悪いリビングルームに1枚貼ってあるのだが、毎日眺めていると、だんだん、少し物足りなく感じてくる。「もっと大きいバティックを見たい」。作る方としても、だんだん、「もっと大きい作品を」作りたくなってくるのではないか、と思う。

 しかし、長さ4メートルの巨大生命樹バティックでは、普通の部屋ではとても飾れない。しかし、この作りかけの布なら、大きいけど、飾れないほどではない。家で飾って眺められるぐらいの「大きいバティック」が欲しかった。

 モチーフは生命樹。賀集さんが気に入って何点か制作した「『トーハク』所蔵のバティックを複製したもの」と同じ。花と実をつけて伸びやかに枝を広げるザクロの木、枝の間にクジャクや鳥。大きい布の上からも下からも枝が伸び、どちらの向きからでも見られるようになっている。

右下に破れがある

 そして、「作りかけ」という点にも惹かれるのだ。次のプロセス用に、白く空けてある箇所があちこちある。どんな色を入れるつもりだったのか、完成していたら、どんな華やかで素晴らしいバティックになったのか。染織の知識のない私には到底わからないが、今の状態も、白場が多くて、上品な単色染めに見え、「きれいだなぁ」と思う。

 失敗も、未完成も、良し。あの「巨大生命樹」をはじめとする素晴らしい作品が生まれるまでに、どれだけの失敗があったのか。そんな苦労はみじんも見せずに、飄飄として、素晴らしい成功品だけを世に出していた賀集さん。成功と失敗と。完成と未完と。バティックを見ながら、いろんなことを考える。

「クパラ」部分
「クパラ」部分

孔雀と柘榴。生命樹文様のタペストリー(賀集さんのnote記事)
https://note.com/batik_studiopace/n/n5b1e37993caa

「孔雀と柘榴」(未完成)
賀集由美子(スタジオ・パチェ)作

まだ計測していません
制作年不明

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