一枚の布の旅 [100枚のバティック(35)]

一枚の布の旅 [100枚のバティック(35)]

人生の転機にあったyumiさんが出会った、インドラマユの一枚のバティック。yumiさんは「布の生まれ故郷を見たい」と、日本からインドラマユへ旅しました。一枚の布にまつわるストーリー、「100枚のバティック」の続きの物語です。

yumiさんの部屋に飾られた「イワック・エトン」
yumiさんの部屋に飾られた「イワック・エトン」

 yumiさんは人生の転機にあった。子供の成人を待って離婚。中古のマンションを購入して、空っぽの家へと移った。ローンも抱えた状況で、「それ必要?」という「だいぶ大きな買い物」をした。それが1万円のバティック布だった。

 家を移ってすぐのころ、東京で開催された「旅するペン子ちゃんカフェ」に、「『ペン子ちゃん』って何だ? 何かわからないけど行ってみよう」と訪れた。それは、賀集由美子さん追悼のために有志が開催した「一日カフェ」で、バティックなどインドネシアの物産も販売していた。

 「バティックは高い、と知っていたし、買うつもりはなかった。これは賀集さんを追悼する集まりなのね、と、遠目に、第三者的に見ていた」。バティック布はいくつか手に取ったけど「買わないな。高いもん」。そこで出会ったバティック。

 それはインドラマユの伝統文様「イワック・エトン」(iwak etong)柄の藍染めバティック。インドラマユらしい、とても有名な柄なのだが、バティック一枚目で「イワック・エトン大好き! 買います!」という人は少ないだろう。私も何度か見るうちにだんだん引かれるようになり、買うようになった。藍染めの物は、自然に出来た蝋割れが気に入って、インドラマユのバティック職人アアットさんから購入。「にぎやかし」にと、「ペン子ちゃんカフェ」で放出した。

ジャカルタのわが家に飾っていた「イワック・エトン」
ジャカルタのわが家に飾っていた「イワック・エトン」

 yumiさんは、私のツイートでこのバティックの写真は事前に見ており、「なんか変な布だな。変な絵、気持ち悪い絵。海の中の怖いイメージ」と思っていたが、見ると、「なんか好き」となった。バティックというより「この布が欲しい」。

 「奇妙な絵なんだけど、第六感的に引かれた。それまでは家族優先でお金を使っていたこともあって、1万円の布なんて!と思ったけど、手持ちの現金をはたいて『帰れるね(帰り賃の分はあるね)』と」 。そんな買い物をした。

 買って来た布を、まだ空っぽの家に飾った。長押に、百均で買ったフックを使って何カ所かを引っ掛けるという、シンプルな飾り方。食事をする時、テレビを見る時、いつも視界にその布がある。ぼーっとただ布を見ている時もあった。布を見ると、旅行をしているような気持ちになる。yumiさんは「心の旅」と呼んでいる。

Aさんの部屋に飾られた「イワック・エトン」
yumiさんの部屋に飾られた「イワック・エトン」
穴は開けたくないので、フックで挟んで長押に引っ掛けた
布に穴を開けたくなかったので、フックで挟んで長押に引っ掛けた

 yumiさんは海が好きだ。これまでも、疲れた時に海へ行き、ぼーっと海を見ていることがあった。海の波などを見ていると、心が穏やかになっていった。

布を見ている「心の旅」は、そんな感じに似ているけど、もっと深い。見ていると引き込まれる。無になるというか。何も考えない。ヨガの瞑想に近い。海の底にいるみたいな

藍染めの「イワック・エトン」

 「この布の生まれ故郷に行ってみたい」と思った。一人では行きにくい場所だが、「インドラマユ・バティックツアー」があることを知る。

 2024年3月に佐倉市立美術館で開催された「賀集由美子の見たインドネシア〜チレボンのバティック」展に来場し、その場で直談判。「日程が告知されてから航空券を予約するのでは間に合わない。会社のお盆休みはこの1週間で、ここが一番休みやすい。この時期に開催してもらえたら、行けます!」。こうして、8月のお盆休みにインドラマユ・バティックツアーの開催が決定し、yumiさんは日本から参加することになった。

あの文様の布はたくさんあって、インドラマユのバザールのような場所で池田さんが仕入れたのかな?と思っていた。なので、「バティックの作者に会えますよ」と言われて、びっくりした

 インドラマユで、布の作り手であるアアットさんとの対面を果たした。アアットさんが蝋描きしているところを見、「あなたのバティックが好きです。あなたに会うために日本から来ました。これからもバティックを作り続けてください」と伝えた。

最初は「バティックが手描き」ということも知らずに買ったんだけど、布をずっと見ていると面白い所がいっぱいあって。「これ、逆なんじゃないの?」とか。それは当然ですよね、「生きてる」んだから。アアットさんが、描きながら「あ、間違えちゃった」とか、あるんじゃないかな。アアットさんの失敗なのか、遊び心なのか

和風な雰囲気。日本の家屋に合う
和風な雰囲気。日本の家屋に合う

よく見ていると、慣れてくると、怖くないんですよ。むしろ楽しい。描く人の心が伝わってくる。だって、アアットさんが「怖がらせよう」と思って描いているわけないですから!

 賀集さんのことは「よくわからない」と思っていたが、バティックのチャップ(型押し)体験の合間に工房の周辺を散歩し、フレンドリーな人たちに会い、賀集さんがここで築いた空気をひしひしと感じた。「日本から一枚の布をたどってインドラマユへ来た。そういうバティックの文化に繋げた人(=賀集さん)って、すごいなぁ」と語る。

 yumiさんは離婚を決めてからツイッターを始め、バティックを知り、一枚の「海の底」の柄のようなバティックに出会った。

ちょうど海の底から抜け出るようなタイミングだった。ようやく外へ向こう、一歩を踏み出そう、という時

 インドラマユで新たに買った一枚は、アアットさんが得意とする、細かいカウン(七宝つなぎ)の背景に極楽鳥が描かれている。おめでたい吉祥柄だ。yumiさんは「海の底」を出て、空へと飛翔する。

インドラマユで、アアットさんから買ったバティック
インドラマユで、アアットさんから買ったバティック
カウンと極楽鳥柄
黄色がかった色合い、白場の多い背景が、明るい雰囲気
ベッドカバーにしてみた

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