渋滞で遅くなって帰宅すると、ねこシッターのミニさんが、ちょっと深刻な、微妙な表情をして出て来た。「子ねこを拾ってしまった」と言う。えーーーっ!!
自分の部屋に連れ帰っていたねこを見ると、本当に小さい。こんなに小さくて大丈夫か、と不安になるほど。うそのように小さく、よろよろしている。か細い「ミー、ミー」という声だが、時々、びっくりするぐらいの大きい声で鳴く。「Help!!」という声なのだろう。潤んだような真っ黒な目がちょっと変で、ちゃんと見えているのかどうか。うちに来た時のフレディや甚五郎よりも小さく、生後1カ月ぐらいだろうか。
シティーウォークの「パパイヤ」へ買い物に行った際、ホテル・アヤナ内レストラン「ジンバラン」の出口付近の塀の上にいるのを見付けたと言う。激しい声で鳴いていて、塀から下へ下ろしたら、歩道から車道へ降りて行く。ミニさんが歩道へ連れ戻すが、また車道へ。それを何回か繰り返し、「このままだと車にひかれそうで危ない」「後で母ねこを探すかしよう」「とりあえず保護しよう」「誰も引き取り手がいなかったら自分の田舎へ連れて行こう」と決心し、リュックの中へ。そのままバイクに乗って連れ帰って来た、とのこと。
「なんで車道の方へ行きたがったのかなぁ。お母さんがそっちの方へ行ったのかな」とミニさん。「パサールとかにいる母ねこに渡したら育ててくれないかな?」と言うので、「自分の子じゃないから、それは無理だろう」と私。
突然の子ねこの出現に、ややパニクりながら、隔離部屋にできそうな折りたたみ式の大きめのケージを出して来たり、子ねこ用のトイレを準備したり、日本からのねこ用ミルクを出して来たり、とりあえずの準備を始めた。「あすかあさってに病院へ連れて行ってね。それまでは隔離」と念を押す。
翌日、友達のダグソトさんが、ロイヤルカナンの子ねこ用ウェットフードを持って来てくれた。ミルクをあげても皿をカチカチ噛んでいて、ミルクよりも噛みごたえのある物が欲しかった様子。ウェットフードをガツガツ食べた。皿に手を突っ込み、爪を出した手でフードをがっと押さえ、うなりながら一心不乱に食べる。その必死さは「命」「生命力」そのもの。ここまで真っ直ぐ「生」に向かう姿に、いつもやられてしまう。人間はこんな風に真っ直ぐ「生」に向かわず、あれこれ余計なことを考えてしまうから。ただ見ているだけの人間でも「生」へ引っ張られるぐらいの力がある。
子ねこは一心に、懸命に食べて、皿が空になると、びっくりするほど大きな「ブブブブブブ……」というブザーのような音で、喉を鳴らし始めた。最大限の満足を表している。
翌日、病院へ連れて行ってもらい、念のために虫下しの薬を飲ませてもらったが、「健康」との診断を得た。下痢もしていない。トイレを置いたら、ちゃんとそこでトイレをするようになった。目もきれいな薄いブルーになった。
こうして、みるみるうちに元気になっていったモモちゃん(ミニさん命名)。おなかがポンポンになるまで、ごはんをガツガツ食べ、ぐんぐん大きくなっていく。
目が覚めると「ミー、ミー」という高い声で、「おなかすいたー」と、ごはん(すなわちウェットフード)をねだる。あげると、みるみるうちになくなる。大きいスプーンに一杯ぐらいでは満足せず、「もっと、もっと」。気持ちがいいほどの食べっぷり。おなかがいっぱいになったら、喉のブザー音を鳴らして大満足。トイレへ行く。遊ぶ。寝る。何時間かすると、また起きて来て、「おなかすいたー」。その繰り返し。
見ていると、「そうそう、子ねこはこうだったなぁ」と、うちの子たち(フレディ、甚五郎、ホタル、純)の小さかったころを思い出す。膝に乗って来ても、その体重をほとんど感じないぐらいに軽い。甚五郎も、うちに来た時はよろよろしていた。ホタルや純が小さかったころは、寝ている私の体の上を駆け回り、その軽い足が最高に気持ち良いマッサージだった。大きくなると記憶が少し遠のいてしまう、子ねこだった時の日々。
かけがえのない子ねこ時代なのだが、モモちゃんの成長の速度は著しい。大人のねこたちに魚やおやつをあげていると、たーっと走って来て、大きいねこたちに混じって、大人用のおやつをもらおうとする。子ねこ用カリカリが置いてあるのに、大人用カリカリの巨大な器へと近付き、口に入れて噛もうとする。そのまま口からぽろっと出てしまうこともあれば、うまく噛み砕けて一部は口の中へ入り、一部はこぼれ落ちることもある。とにかく、「早く大きくなりたい」「もう僕は大人。一人前です」感が強いのだ。子ねこでは生きていけない、早く大人にならないと生きていけない環境だったのだろう。
急速にテリトリーを拡大し、ミニさんの部屋から台所へ出て来るようになり、次に玄関で遊ぶようになり、続いてリビングへ。部屋一つずつを探検して歩き、あっという間に一番奥の部屋まで入り込んだ。ついには、一番奥のバスルームまで、へっぴり腰で入って来た。
寝る時には一人でミニさんの部屋へ戻って、自分の寝床で寝ていたのだが、リビングのキャットツリーに上って寝るようになった。キャットツリーの一番下の段で寝た翌日にはもう、下から三番目の段まで上がっていた。ベッドルームにある人間のベッドはかなり高いのだが、側面をよじ登って来て、ベッドも制覇。この子は天下を取れるのではないか、という急成長ぶりだ。
そうは言っても、毛はぽわぽわ立っているし、歩く時は大きなお尻を振って歩き、赤ちゃんらしさ満点だ。転がっているボール、紐、ちょっとしたおもちゃ、何でも楽しい。まだ2カ月ぐらいしか生きていない、というのは、どんな世界なのだろうか。
賢く、物怖じしない。どんな人にもなつくし、大きいねこにも平気で対する。寝ているモモちゃんをなでると、目を開けて、ブザー音を鳴らし始める。雨も多い中、ぎりぎりのところでレスキューされて一命を取り留め、今の環境に安心しきっているモモちゃん。一体どうすればいいか。
ジャカルタから車で7時間以上かかるミニさんの田舎へ連れて行くのは、まだ小さい身には過酷だし、ワクチンも受けずに行って病気にかかり、せっかく拾った命をなくしてしまうことになっては、悔やんでも悔やみきれない。ワクチンと去勢手術を済ませるまで、うちにおくか。かわいいモモちゃんを見ながら悩み続ける。
(もしモモちゃんを引き取りたいという方がいましたら、メール:info@batikucing.com まで、ご連絡ください)