[ウミ物語] (1)チビ甚五郎

[ウミ物語] (1)チビ甚五郎

 コロナ禍のまっただ中、2021年5月のある夜。日本へ帰国する友人が、スカルノハッタ空港に向かう途中で、うちのアパートにちょっとだけ立ち寄りたい、と言う。「部屋に上がる時間もなさそう、ロビーで会えないか」とのことだったので、ロビーへ降りて行き、そこで友人の到着を待つことにした。ロビーはオープンエアだ。そのソファの上で、子ねこが寝ていた。

初めて見たウミ(2021年5月25日)
初めて見たウミ(2021年5月25日)

 「うちの甚五郎にそっくりだなぁ」と思いながら、何気なくねこの隣に座ると、ねこが目を覚ました。普通なら、人間がそんなに近くまで来たら逃げるのに、鳴きながら膝の上に乗って来た。すごい人なつこさとアピールぶりだ。友人が車で到着し、うちのねこを知っているので、「あれ? 上から連れて来たんですか?」「散歩に連れて来たのかと思った」とか言っている。

 友人とちょっと立ち話をしてから別れ、去って行く車を見送った。部屋に戻るには、アクセスキー付きのガラスのドアを開けて、建物の中へ入る。ねこはそこまで付いて来て、中に入りたそうに、じっとドアの外から中を見ている。部屋に戻ると、デカい甚五郎がキャットツリーの上で寝ている。魚もカリカリも好きなだけ食べて大きくなった甚五郎を見ながら、「家の中と外だと、天と地だよなぁ。あのねこ、かわいそうだな」と思ってしまった。

うちの甚五郎
うちの甚五郎

 コロナ禍なのであまり外出はしないのだが、また別の日に、建物の外へ出てアパート敷地内を歩いていた時、そのねこに会った。たーっと走って来て、小走りに足元に付いて来ながら、激しく鳴いてアピールする。「中に入りたい」。ここまで人なつこく、家を欲しているねこなので、「ワクチン接種してあげたいなぁ。迎えてあげたいなぁ」と、心が揺れる。

 ねこシッターのミニさんに「甚五郎にそっくりなねこがいたよ!」と写真を送ると、「そう、私がごはんあげてる子。池田さん、飼う?」。ミニさんが再三「甚五郎に似たねこがいる」と話していたのは、このねこのことだったのだ。

 ミニさんは夜、アパートの裏口近くの屋台で夕食を食べる。「チビ甚五郎」がごはんをもらいに来るので、膝の上に乗せて、鶏やナマズの唐揚げを注文し、味の付いていない部分をあげていた。実は、「汚れている」というので、こっそり自分の部屋に上げて、洗ってから、また外へ戻す、ということもやっていたそうだ。

 ねこ友達のダグソトさんが訪ねて来た時に、チビ甚五郎の話をした。そして、2人でアパートの敷地を探してみたが、見つからなかった。アパート裏口から外の通りまで出て、小さな店の立ち並ぶ通りも歩いてみたが、チビ甚五郎はいなかった。

 そんな中、ジャカルタに赴任して来た友達が「ジャカルタでねこを飼いたい」と言う。「それなら、チビ甚五郎はどう?!」と、お勧めした。ミニさんに「チビ甚五郎はどうしてる?」と聞くと、「最近、見かけていない」と言う。「〇〇さんがもらってくれるかもしれないよ」という話をした。

 7月末日、ミニさんが飛んで来た。「チビ甚五郎がいた! どうする? つかまえる?」。外にいるねこだから、いつもいるとは限らない。以前にダグソトさんと探して見付けられなかった体験が一瞬、頭をよぎり、「とりあえず、保護しちゃおっか!」と言ってしまった。本当は、〇〇さんに「保護しますか、どうしますか」と確認を取ってからにすべきだったのだが……ミニさんがすぐにつかまえに行き、病院へ直行して診てもらった後、うちへやって来た。

 思ったよりも大きい。病院では「1歳ぐらい」と言われたそうだ。すぐに洗って、爪切りして、「ねこ部屋」へ隔離。私が部屋へ入ると、グルルル言いながらスリスリしてきて、ごろーんと寝転がり、全身で、「ありがとう、ありがとう。捨てないで」と訴える。この時には「ねこ語」がわかった。

 カリカリをあげると、ぺろっと平らげる。蒸し魚をあげると、うなり声をあげてとびつき、がっつき始めた。しかし、ふと食べやめ、私の足元に駆け寄って来て、すりっとした。そしてまた、魚へ戻って、ガツガツ食べ始めた。この子の「ありがとう」だったのだ。その後もずっと、この時の「ありがとう」は忘れられなかった。

ウインクしているみたいなウミ(2021年8月4日)
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