ジャワの影絵芝居「ワヤン」で使われる「グヌンガン」が好きだ。山の形をし、その中には生命樹を表す木が描かれている。シーンが切り替わる時に打ち振られ、物語の最後には舞台の中央にすっくと立つ。好きなのだが、模様にはラクササ(怪物)、虎や野牛などが描かれ、裏は燃えさかる火。ワヤン独特の細密さも加わって、なんだかおどろおどろしく、恐ろしい。
アリさんの作った「グヌンガン」バティックは、なんと優しく、美しいことか。そこには「恐ろしい」要素が一つもない。
生命樹への入口を守るのは、ラクササではなく、羽を広げた二羽の鳥。左は青い翼、右は赤い翼と色違いで、これは「雌雄」なんだそう。生命樹への入口は、閉じられた門ではなく、オープンな東屋風のたおやかな建物。その上に一本の木が立つ。根元には、木に寄り添うような二羽の鳥。
縦横に枝を伸ばして広がる木は、花をいっぱいにつけている。白い三角形部分を少しはみ出しているのもバティックらしい表現として面白い。木をよく見ると、小さい動物や鳥たちが集っているのだが、まるで木と一体化しているかのように目立たない。
木の下には、チレボンらしい文様の岩(ワダサン)が描かれ、岩で囲まれた中に海と太陽がある。「魚のいる池」の描かれたグヌンガンはあるが、「海」が描かれた物はないのではないだろうか? 水平線から昇る太陽。初日の出のような「おめでたさ」と、どこか「懐かしさ」を感じる。
岩も草花で彩られ、「花いっぱいのバティック」という印象だ。実は、このバティックを蝋伏せしている時に見かけて「何色にするの?」と聞いたら「赤」との答えで、「私の好みとはちょっと違うな」と思ったのだが、明るい赤ではなく濃いえんじ。それに対比する青、アクセントとなる黄も深みがあって美しい。
赤い背景には、星のような模様が散らされている。「宇宙」のような。宇宙に立つ一本の木、のような。
珍しく、カインパンジャンのサイズではなく小さめの布で、「壁に掛ける飾り」として作られている。アリさんがこんなグヌンガン模様を作ったのを見たのも初めて。「伝統文様に挑戦してみた」と、さらっと言っていた。
こんな変わった品はオーダー品だろうと思ったら、オーダーではないとのこと。「それなら」と、出来上がったばかりのバティックを買わせてもらった。
これは一目惚れ。チレボンらしい伝統文様でありながら、アリさんとワワンさんの優しさが感じられ、絵画的に描かれた生命樹には賀集由美子さんのテイストもあるような気がする。
賀集さんが乗った「チレボン銀河鉄道」の終着駅は「生命樹」駅にしたのだが、そこに立っている生命樹は、こんな風に美しく、花いっぱいの木ではないかな、と思うのだ。
「グヌンガン」
バティック・アリリ作
147cm x 101cm
2024年制作
200万ルピア(値段は購入当時)
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