インドラマユにあるエディさんの工房で、チャップ(型)押しの体験をした。初めてのチャップ体験は、賀集由美子さんと一緒に行ったプカロンガン旅行で。バティック・ミュージアムで花形のチャップを、皆で順番に1回だけ布に押した。インドラマユでは「やってみる?」と言われ、いきなり大きい布を持って来てくれたので、テンションが上がった。
壁にずらっと掛けてあるチャップ。どれにしよう。どれを押してみようか。どうせだったら、あまり見ない柄がいい。尾の長い鳥のチャップを「これ!」と選んだら、「このチャップはあまり使っていないんだ」と言う。全面がコーヒー豆の真新しいチャップ、これは? 「大きすぎて難しいだろう」。うーん。
結局、「これも失敗作で、あまり使っていないんだ」と言われたコーヒー豆のチャップを布の端に押すことにした。「No Coffee No Life」の、コーヒー好きなので。
蝋を溶かした平たい鍋があり、使うチャップは、まず最初にそこへ入れて温める。難しいのは、蝋の温度調整だ。指導してくれるのはチャップ40年のベテラン職人キルヤさん(63)。
バティック職人さんがチャンティン(蝋描きの道具)に息を吹きかけるのと同じように、最初にチャップ全体にふーっと息を吹きかけ、手でちょっと端を触ってみて、温度を確かめる。それからおもむろに押す。チャップを布に置いて、一呼吸置いてから「ぽん」と軽くたたくようにする。そして、布からチャップを離す。紙に押したスタンプのように、きれいに押せている。
難しいのがつなぎ目の部分で、「つないでいる」とわからないように押さないといけない。あまり使っていないコーヒー豆のチャップなので、2つ目を押す位置を慎重に何度も確認していた。
見ていると簡単そうだ。「やってみ」と言われて、チャップを手に取る。まぁまぁ持ち重りする。布に押す。ぎゅっと押すのか、軽く押すのか、どのぐらいの力加減で押していいのかわからない。「上げて!」と言われて、急いで上げた。キルヤさんのきれいな線とはまったく違い、蝋が「どぼっ」と溜まって、黒くにじんでいる。おまけに周りに点々と蝋が飛び散ってしまった。
チャップを上げる時にゆっくりやらないと蝋が飛び散るそう。そして、蝋が溜まるのは、チャップをちゃんと振れていないから。蝋を付けたチャップを、ぱっ、ぱっ、と振って、余分な蝋を落としてから、押す。これがなかなか難しい。「バドミントンだ」と言われた。バドミントンのような手首のスナップだそう。
線が太くなったり細くなったりしているのは、チャップ全体の蝋の温度が均一でないから、という説明。ちゃんと布の裏まで蝋が通らないといけないし、全部を同じ太さのきれいな線で押すのは難しい。蝋の温度を調整して最適な温度に保ちながら、全部を一定の線で、つなぎ目のわからないように、布全体に押していくのは、非常に高い技術が必要だということがわかった。
私は風呂敷サイズの布の四方を押すだけで力尽きてしまい、中央の部分は小さいチャップにした。キルヤさんには「蝶」を勧められたが、「おいしいもの」つながりで、リンゴを選んだ。チャップも小さいと、随分、やりやすい。判子のように、楽にペタペタ押せる。
この工房にチャップは100個ぐらいある。中には、あまり使われていない物もそのまま掛かっている。押してみると「どうしても曲がって行ってしまう」「うまく全体の柄が作れない」など、使ってみて初めて「使いにくい」とわかる物がある。そういうチャップは職人さんも使いたがらず、だんだん使わなくなってしまうそうだ。
例えば、最初に私が選んだ鳥柄のチャップは、プカロンガンで購入した中古品。きれいな模様に見えるのだが、並べて押していくと、鳥が一方向だけ向いていておかしいそうだ。私の選んだコーヒー豆柄チャップがなぜ「失敗作」なのかと言うと、コーヒー豆が細かすぎて、蝋伏せでの色分けがしにくいのだと言う。
「中古品で売られているチャップは、売られるだけの理由がある」とのことで、自作が基本だ。そうやってデザインを考え、お金をかけて、せっかく作ったチャップも、デザインを盗用されてプリント布を作られてしまったりする(「マンゴー・レイン」もプリントに盗用されたそうで、エディさんはがっくりしていた)。また、同じ柄ばかりだと消費者に飽きられてしまう。盗用しにくいように、そして買う人に飽きられないように、一枚一枚に工夫を凝らす。そして、新作のチャップもどんどん作る。
自分で押したチャップの風呂敷は、染色して仕上げてほしかったのだが、「このままの方が珍しくて良いよ」「これに飽きたら染めてあげるから」とエディさんに強く言われ、このままで持ち帰った。とりあえずは自分が押した蝋の線をじっくり眺めようと思う。
「リンゴとコーヒー」
自作
106cm x 115cm
2022年作