[100枚のバティック](26)インドネシアの雨[ウダン・リリス]

[100枚のバティック](26)インドネシアの雨[ウダン・リリス]

 飛行機でソロ空港の上空にさしかかると、長い乾期の続く中部ジャワの大地は茶色だった。「うわー、バティックも茶色で、大地も茶色だー」と思わず声が出た。

 中部ジャワのバティックの特徴は「茶色」。茶、黒、白という色合いが、なんとも地味だ。元々は「ソガ染め」と呼ばれる、何種類かの木の皮や根を使った草木染め。化学染料を使うようになってからも、相変わらず、この茶色の色合いを好む。さらに、模様は幾何学文様が中心で、チレボンのバティックのようにぱっと見て、「面白い!」「きれい!」という感じでもない。

 ソロのバティック・ギャラリーへ行っても、壁に掛けられたバティック、棚の中にぎっしり詰まったバティック、全部が茶色。どこからとっかかっていいのか、わからない。すると、一緒に行った友達の西川知子さんが「私はカウン柄が好き」と言って、カウン柄をずらっと出して並べてもらっていた。

カウン柄のバティックいろいろ

 「カウン」(Kawung)は、砂糖ヤシの実を輪切りにした形を表しているともいわれる文様で、日本でいう「七宝つなぎ」。伝統バティック文様の代表格のひとつだ。中部ジャワの人たちはカウンが大好きで、ソロの街では、歩道の敷石もカウン模様になっている。

ソロの歩道

 ギャラリーのスタッフは「私もカウンが好き」と言って、西川さんと意気投合。カウン柄バティックをたくさん出して来た。並べてみると、大柄、小さい柄、別のモチーフと組み合わせた物など、それぞれに模様や色合いに違いがあって面白い。「なるほど、こういう選び方があるのか」と感心した。

 どうせ「全部、茶色」なので、とっかかりはモチーフでいこう。そうなると、気になっていたのは「霧雨文様」(Udan Liris)。一見、ただの斜め縞模様。縞の中はいろいろな伝統模様で埋められているが、遠目に見ると、まるで普通。しかし、「霧雨」という名前が良い。「雨期に毎日降り続く雨をBatikで表現したものといわれる」(稲垣和子「ジャワバティック」、源流社、1958年)と説明されると、俄然、興味が湧いてくる。

 伝説では、パクブオゥノ三世が川で水行をしていた時に、突然、風が吹いて、小雨が降った。この時のひらめきから、「ウダン・リリス」柄が生まれたという。そんないわれを聞いてもあまりピンと来ないが、雨が来る前には風が吹く。この斜め縞は確かに、「風の中の雨」という気がする。

 そして、これが気になり始めた一番の理由は、ソロのダナルハディ・ミュージアムへ行った時の、ガイドのズバイルさんの説明だ。「小雨が降り続くように、小さな幸せが長く続くように、との祈りが込められています」と解説してくれた。大きな幸せがドバッと、ではなく、小さな幸せが長く続く、というのに惹かれた。

 インドネシアの雨と言えば、もちろん「小雨」もあるけれど、街全体が白く煙る「スコール」や「豪雨」の印象の方が強い。柄としては、勢いのある「スコール」的な斜め縞なのに、なぜこれが「小雨」なのか。しかし、「小さな幸せが長く続くよう」祈りを込めた、といわれると、「そういうものか」と受け入れられる。

 ジョグジャカルタのギリロヨ村で購入した霧雨文様バティックは、ザ・茶色、ザ・クラシック。縞の充填文様の中でアクセントとなっているのは「パラン」(Parang)。パランの白が、インドネシアの白い雨を思わせる。ほかは茶と紺の細かい模様で埋められていて美しい。単純な文様なのに、なぜか見飽きることがない。この同じ時に、別の方が買われた霧雨文様も素晴らしかった。しばらく、いろいろな霧雨文様バティックを探してしまうことになりそうだ。

 2023年11月4日の夜、待ち望まれていた雨が降った。中部ジャワの大地も緑になっていくだろう。

ジョグジャカルタの霧雨文様バティック

「霧雨」(Udan Liris)
ジョグジャカルタ・ギリロヨ村作

105.5cm x 245cm
2023年10月購入
170万ルピア(値段は購入当時)  

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